医療・福祉問題研究会会報
NO.81
2007.4.16
第85回研究例会報告
「どこへいく生活保護制度 〜生活保護をめぐる現状と課題〜」
金沢大学大学院人間社会環境研究科 井口克郎

 2006年5月23日、北九州市門司地区で56歳男性が生活保護を受けることができずに餓死、ミイラ化した遺体で発見された事件を受けて、同年10月23日から25日にかけて、北九州市生活保護問題現地実態調査が行われた。そのことを受けて2007年2月24日、「どこへいく生活保護制度〜生活保護をめぐる現状と課題〜」と題して、研究例会を開催しました。
 まず、第1部では、石川県から同調査に参加された城北病院NSWの信耕久美子さんと金沢大学井上ゼミの伊深綾子さんのお二人に報告をして頂いた。はじめに、信耕さんから事件の概要について紹介があり、調査により明らかになった今回の事件の構造についてのお話があった。北九州市は全ての行政分野が法律に基づかない無法地帯であり、どの方法が一番市民に金がかからず効率的だったかの検証を行い全国に普及するための試行実験都市となっている。北九州市の生活保護受付担当は新任係長の出世の登竜門となっており、一人5件の廃止ノルマがある。また、「面接主査制度」「数値目標管理」等、「北九州方式」呼ばれる保護抑制システムが20年も前から実施されてきており、今では程度の違いこそあれ金沢市でも行われているという。石川でもみんなで知恵を出し合い行政を市民が継続的に監視すると同時に、役所で頑張ろうとしている職員をいい意味で励ましていくことも大切だと訴えた。
続いて、伊深さんが調査で明らかになった問題点について報告した。まず法律上認められた保護の申請権の侵害である。北九州市では本来誰もが手に取れるようにしておくべき申請書を渡さず、相談に来た人を追い返している。また、申請にあたって弁護士が同席しようとすると、相談員がリラックスできない等の理由でこれを拒否され押し問答となった。このことに関して伊深さんは、北九州市では「弁護士に対して職員が怯えている。本当に自分の仕事に対して誇りを持てるようにしなければ」と語り、住民が自らの地域の行政を監視しなければならないと訴えた。
そして、第2部ではNPO法人あすなろ会の榊さんらから金沢市の生活保護の実態に関して、同会に相談に来たKさんの事例について報告があった。Kさん(49歳)は、母親の残した債務から自己破産に陥り、ヤミ金融への対処相談のため同会を訪れ、その後5ヶ月間のホームレス生活を経て生活保護の申請に至った。しかし、住まいがないこと、稼動年齢であることを理由に初め申請は却下された。後に市会議員の力を借りてようやく保護が開始されるものの、その後就職採用が決定すると一方的に保護の「辞退」が決定されるなど、予断を許さない状況が続いている。そしてKさんご本人からも行政の対応についてのお話があり、行政職員から浴びせられてきた数多くの暴言の問題や、自立支援プログラムが保護廃止や申請をさせないために使われている実態が浮き彫りとなり、その後生活保護の現状と問題点について活発な意見交換がなされた。

 現状では保護を受給するには、「稼働能力・年齢」が保護を受けるための大きな壁となっている。医師が診断書に「就労可」と書いても、現実には必ずしも「社会的に就労できる」とは限らない。憲法の趣旨からすれば、働いていようが収入があろうが、生活保護基準以下の生活を余儀なくされるのであれば、保護が適用されてしかるべきである。しかし、現状では保護を受けるには体を壊すか、議員の力を借りるかの二択となっている。このような現状を打開する為に、基本的人権、生存権のところから主張していく必要がある。
 それと同時に、公務員の倫理のあり方も大きな問題である。北九州においても金沢においても、申請者や受給者に対して罵倒・叱責するなど暴言を吐き、人権を侵害している行政職員がいる。その背景には申請者や受給者に対する偏見や何人保護を廃止したかを一番に考えなければならない行政の構造がある。今後、いかにして地域住民が行政を監視し、職員と共に人権保障の制度を運営しつくりあげていくのか、真に人権を保障しうる生活保護システムの構築に向けて課題は多い。

「宇佐美治さんと語る集い」に参加して
 3月8日に、ハンセン病支援ともに生きる石川の会と医療・福祉問題研究会との共催で、「宇佐美治さんと語る集い」を開催しました。
宇佐美さんは、1949年に岡山県邑久町の瀬戸内海に浮かぶ「長島」にある国立ハンセン病療養所長島愛生園に収容されました。「隔絶」されたその島で人生の大半を送り、苦難のたたかいの歴史を刻み、熊本地裁での勝利判決と政府の控訴断念へと歴史を動かした国家賠償訴訟では瀬戸内訴訟の原告団の責任者として、たたかいの先頭にたってこられました。
 当日参加された金沢大学生のお二人より、「宇佐美さんのこと」「ハンセン病のこと」「長島愛生園の歴史とたたかいのこと」などお聞きした感想を投稿していただきました。

宇佐美さんのお話を伺って

村上 亜裕子さん(金沢大学)

お話の中で特に印象に残ったのが、園内の雰囲気についてです。半数以上の人が光田医師を追放しようとはしなかったということや、光田医師をたたえる「少年翼賛会・青年翼賛会」があったということに驚きました。隔離・絶滅政策を推し進めた本人を、肯定的にとらえるしかなかった状況は、政策が人権を奪っていた事のあらわれではないかと思いました。そして、その中で宇佐美さんが「こんな園だからこそ状況を良くしたい」と闘ったことを、すごいことだと思いました。
 また、ハンセン病を診られる医師が少ないために、療養所の外で暮らすことが困難であること、療養所の中の暮らしにさえ不安があるということは大きな問題だと思いました。宇佐美さんの「人間らしく死にたい」という言葉がとても重かったです。一人一人が尊重される医療や社会になるよう、考え行動しなければいけないと思いました。

伊深 綾子さん(金沢大学)

 宇佐美さんからは宇佐美さんの療養所に入るまでの苦労したお話や、療養所内での差別のこと、療養所の将来構想の難しさなど、ハンセン病に関するさまざまなことをお話していただきました。中でも一番印象に残っているのが、療養所内の人全員で裁判に向けて取り組んだのではないということです。ハンセン病の療養所内にいて、同じようにひどい扱いを受けているにもかかわらず、院長の光田をかばう人がいたり、政治観などの様々な違いから裁判に積極的でない人が多くいた、ということに私は驚きました。私は今まで差別かそうでないかの判断には、「本人がその行為を嫌がるかどうか」を一番の指針に考えればいいと思っていました。しかし、今回宇佐美さんからお話を伺って、本人が認めていても、決して許してはいけない差別があることに気付きました。だからこそ差別について、当事者だけではなく、考えていかなければならないのだと思いました。

事務局短信
「医療・福祉研究第16号」 普及のお願い 
 2月末に発行されました「医療・福祉研究 第16号」について、すでに読まれた方も多いかと思います。今回の第16号は、医療・福祉問題研究会の設立20周年を記念した座談会や、様々な現場の第一線で活躍している方々からの報告を中心とした特集「保健・医療・福祉とヒューマンパワー」など、充実した内容となっています。雑誌の普及にぜひご協力をお願いいたします。
【連絡先】
事務局 河野すみ子 まで
住所:金沢市昌永町15−60−2516
TEL/FAX 076−252−7775