「特集にあたって」
金沢大学経済学部教授横山寿一
第16号では、20周年記念企画の一環として、「保健・医療・福祉とヒューマンパワー」と題する特集を組みました。20周年記念企画としてこのテーマを設定したのは、以下のような問題意識からです。

 第一は、研究会の多くのメンバーが文字通りヒューマンパワーとして保健・医療・福祉の現場で日夜奮闘しており、そこで生じる問題や新たな課題意識が研究会活動の大きなエネルギー源になってきたと考えてきたからです。20周年を期に、現場での問題に立ち戻り、もう一度研究会の取り組むべき課題を明確にし、その課題を共有する機会としたいとの思いを込めています。

第二は、人権保障の視点に立って保健・医療・福祉のあり方を考える研究会の基本的なスタンスが、社会保障「改革」のなかで、一段と重要性を増してきていると考えるからです。とりわけ、社会保障に市場の論理を持ち込み、事業者同士の競争を促す「構造改革」は、利用者本位を装って保健・医療・福祉従事者に負担を負わせ、無権利で不安定な環境へと追いやり、そうすることで結局は利用者に背を向け、利用者の権利を制限する方向へ向かっているように思います。したがって、人権保障を担う保健・医療・福祉の従事者が、真の意味での利用者本位のあり方を、実際に生じている問題と結びつけて明らかにすることは、転機に立つ日本の保健・医療・福祉にとって、積極的な意味を持つ重要な作業になると考えています。

 第三は、介護分野における専門資格化の動きが強まるなかで、あらためて保健・医療・福祉の専門性や専門資格のあり方が問われる状況にあり、研究会ならではの視点からこの問題に切り込んでみたいと考えたからです。専門性や資格のあり方を論じることは、保健・医療・福祉の質を高め人権保障の水準を引き上げていくための制度・政策を考えていくことに他なりません。この点での本格的な議論を、20周年を期に始めたいと考えているところです。

 編集にあたっては紆余曲折がありましたが、各分野の専門家6人に執筆していただくことができました。井上英夫論文は、総論として「人権のにない手」としての社会保障・社会福祉労働論を展開していただきました。社会保障・社会福祉「構造改革」のもとで進む市場化・営利化によって、社会保障・社会福祉の「にない手」は、人権保障のにない手になる場合もあれば人権侵害のにない手にさせられる危険性ももっており、それゆえ人権のにない手としての自覚と成長が厳しく問われているとして、人権保障のための方法や技術の取得、民主的な人間関係の形成と連携、専門職としての確立、自治体施策等への参加などをそのための課題として提起し、さらに社会保障・社会福祉職員に人権侵害を研ぎ澄ますこと、人権侵害の構造を明らかにすること、人権・権利保障の筋道を考え実現していくこと、自らの人権保障に積極的になることを求めている。

 曾我千春論文は、グループホーム「たかまつ」事件の検討を通して介護職員が直面する制度上の諸課題を検討し、改善課題を提起している。事件の検討からグループホーム職員の無資格、非正規職員、一人夜勤体制を具体的な問題として析出し、介護現場における資格・免許、夜勤勤務体制について現行の制度上の規定とその不備を詳細に検討し、介護労働者が安心して業務を行える労働条件の整備こそ、介護職員が人権保障の担い手となりうる確かな保障であることを明らかにしている。

 野村鈴恵論文は、今日の看護師不足の検討を通して看護師の役割について検討している。2006年4月の診療報酬改定に盛り込まれた新たな看護職員配置基準によって、看護師確保が病院の存続にかかわる状況になり、在院日数の短縮化で看護業務にも変容が生じていること、生活過程を整えることから生命過程を整える実践をする看護師の業務には人手がいること、そのなかでの看護師不足と過密労働は看護師のやりがいをも失わせていること、にもかかわらず国はベッド数が多すぎるとして看護師増員に取り組もうとしていないことなどを指摘したうえで、安全・安心の医療・看護を受ける国民の権利が保障させるためには看護師の絶対的増員が求められていることを提起している。

伍賀道子論文は、近年の医療制度改革のもとで医療ソーシャルワーカー(MSW)の相談業務の内容にも少なからず変化が起こっているとして、療養病棟再編問題に焦点を当てて専門職としてのMSWの現状と役割を検討している。療養病棟再編のなかで、MSWも転院調整に大きな影響を受けて、医療必要度の低い患者の転院先の確保に苦労し、療養型病床をもつ病院のMSWは病院にとって都合のよい患者層の受け入れに翻弄されるなど、「誰のための援助をいっているのか」原則を忘れさせ考えることすら麻痺させられる状況にあること、それゆえ、あらためて当事者の自己決定を促していく役割を果たすとともに、権利保障のにない手として、変革をもたらす仲介者として、専門職としてのゆるぎない立場に立ち続ける必要があることを提起している。

 寺本紀子論文は、地域包括支援センターに働く社会福祉士の役割について検討している。地域包括支援センター創設の意味は、地域での生活ニーズを包括的・継続的に実現することにあること、配置された社会福祉士には総合相談の質的向上とネットワーク形成が期待されていることを確認したうえで、それぞれについて基本的な視点と具体的な実践について詳細に触れている。検討を通して、地域の相談ネットワークと総合相談の質を支えるネットワーク、この二つのネットワークをつなぐ機能という三つの構造を持つ支援ネットワークを構築し、このシステムが機能するように働きかけることが社会福祉士には求められていることを提起し、だれもが自分の望む生活スタイルを選択して生きていくことができる地域をつくること、地域包括支援センターがそのための相談の場になっていくうえで社会福祉士の専門的知識と技術が多いに役立つことを実感し、その専門性に希望と誇りを感じていると結んでいる。

 久保美由紀論文は、社会福祉専門職の養成教育に携わる立場から、社会福祉士・介護福祉士の養成の見直しの議論が行われていることを踏まえて、社会福祉専門職の養成のあり方を提起している。社会福祉援助における専門職には「人権の尊重」と「自立支援」の実践が求められていること、しかし実際には、多様な養成課程ゆえの教育水準のばらつき、資格ごとの専門領域固有の内容への偏重と科目名の違いや授業時間数違いによる教育内容の違い、本来の目的が達成できない実習など、多くの問題を抱えていることを明らかにしたうえで、一人ひとりの生活の全体性を捉える包括的ケアの視点を持ちながら人権の尊重と自立支援の実践をしていくための力量を獲得できるためには、基礎教育の充実と長期にわたって段階的に理論と実践を結び付けていく養成教育が求められていることを提起している。

 以上の問題提起をもとに、社会保障・社会福祉専門職のあり方について、研究会内外で活発な議論が展開されることを期待する。
16号紹介パート2
当研究会誌の特徴的なこととして、一般の方に交じって精神に障害のある方々の投稿があることが強調できます。第16号では、「東京都のNPOこらーるたいとう、全国ピアサポートネットワーク」の加藤真規子さんと、当研究会の事務局員でもある道見藤治さんの投稿がありました。加藤真規子さんの論文では、ピアカウンセリングやオーラル・ヒストリーの有効性について自らの体験を基に詳しく説明されています。道見藤治さんの人物紹介では、心に悩みをもつ方の頼れる存在で、「紅茶の時間」と共にじわじわとその名が知られてきた水野スウさんを取り上げてあります。