介護保険は特別養護老人ホームをどう変えようとしているか
入居者の法的地位・生活・経済負担の面から
 国 光 哲 夫
 特養ホームで暮らすということ
 特養ホームに入居してくるお年寄りは(この“お年寄り”という表現に抵抗を覚える方も少なくないかもしれませんが、私は限りない親しみをこめてこの言葉を使っています)、それまでの人生に一応の整理をつけ、一応の決着をつけ、入居してきます。自宅や家財道具を処分してこられる方ももちろんおられます。今日から入居するというその日は、息子さんや娘さんは、万感の思いを持って付き添ってこられます。親を特養ホームに入居させるということへの様々な思い、長かった在宅介護時代の思い…。
 そして、お年寄りご本人も’50人が50通りの人生を背負ってやってきます。その決して長くはない人生の最後のステージを、一緒に過ごすのが特養ホーム職員です。障害があっても痴呆であっても、最後までその人のそれまでの人生の延長線上として、その人らしく生きぬいてゆく、そのための生活の手助けをする、生活をつくってゆく…。それが特養ホームです。
 やすらぎホームでは、今年1月以降4名の入居者が亡くなりました。病院に移って病院のペットの上で亡くなった方もいらっしゃいますし、あくまで入院を拒み、ホームの自室で長年連れ添った仲間や職員に見守られながら亡くなった方もいました。入院中の病室で「俺が死んだら、やすらぎホームの玄関から送り出してくれ」と言い残して旅立っていかれた方もおられます。
 「ホスピス」というのが、施設の呼称ではなく、ケアの概念をいうのであれば、特養ホームは本来的にはその役割を果たすことができると思います。特養ホームは世間で一般的に思われている以上に、様々なドラマと役割がある所です。
 そういう特養ホームを、来年4月実施予定の介護保険はどう変えようとしているのか、「入居者の法的地位」「生活面」「利用者負担」から考えてみます。そしてその事を通じて、たとえどんなに制度がかわったとしても「変えてはならないもの」は何なのかを、みなさんとともに考えたいと思います。

1)特養ホーム入居者の法的地位はどうかわるか
 私たちのホームにもよく電話がかかってきます。「うちのじいさん、あちこち転々としてるけど、ホームに入れてほしいやけどどうすりゃいい…」。また、ある日、「わし ここのホームに入りたいんや」と、ご本人が「歩いて」ホームにやって来られた事もありました。そんな時は、ホームのベテラン相談員がゆっくりとお話を伺い、少しでも今の困難を解消する為に、ショートステイやホームヘルパーはじめ、様々なサービスを紹介、説明させて頂いています。しかし肝心の特養ホーム入居については、入居の順番待ちをしている方がたくさんおいでになること、そして入居の申し込み先はここのホームではなく市役所であることなど、説明させて頂いていますが、たいていの場合、浮かない顔のまま玄関を出られて行きます。
 このように、現在の特養ホームヘの入居は、患者がかかりたい病院を直接自分で選んで受診するのとは違って、市町村がその措置として入所させることになっています。老人福祉法第11条では「市町村は、必要に応じて、次の措置を探らなければならない。(中略)二、65才以上の者であって、身体上又は精神上著しい障害があるために常時介護を必要とし、かつ、居宅においてこれを受けることが困難なものを当該地方公共団体の設置する特別養護老人ホームに入所させ、又は当該地方公共団体の以外のものの設置する特別養護老人ホームに入所を委託すること。」と定められています。
 つまり、国が、地方公共団体の行為として、当該対象者に当該サービスの給付を行うということを義務づけるということです。「措置」とはそういう意味と考えられます。これは条文通り「できる規程」ではなく「義務づけ規程」ですから、それだけでも施設不足を理由とする特養待機者の存在は、地方自治体による違法行為といわなければなりません。
 特養ホーム入居は、措置決定を受けたことによる反射的利益であって、入居請求権はないとする今日では古典的ともいえる解釈を排すれば、措置決定を受けた高齢者は、法的には、権利として特養ホーム入居を求め、あるいは権利として特養建設を請求することができ、あるいは入居できないことによる揖害賠償請求権をもつと解することができます。
 現行制度は、国が定めた法律により、地方公共団体が入所が必要と判断した場合、入所をさせることを義務づけている訳です。その意味でも国と地方公共団体の果たす責任を明確にしている制度といえます。
 尚、老人福祉法第12条では、措置の解除をする場合も「当該措置に係る者からの当該措置の解除の申し出があった場合」等を除き「市町村長は」「当該措置の解除の理由について説明するとともに、その意見を聴かなければならない」と定められています。実際には、現在は本人の意思に反して解除されることはないでしょう。ここでは条文上は必ずしも入居者の権利性は明確ではありませんが、この規程の趣旨は十分理解しておかなければならないと思います。
 さて、これに村して介護保険の下では、入居者の法的地位はどうでしょうか。来年4月の制度導入後の新規入居者は、施設と本人との契約と説明されています。契約は契約でも「何契約」なのかは別途吟味が必要ですが、私はこの問題を考える時必ず思い起こす光景があります。
 現在も、病院に入院する患者さんは、法的には本人と病院との契約でしょう。かつて救急患者のたらい回しが社会間邁になった頃を思い起こして下きい。医療従事者のモラルは問われてしかるべきでしょう。しかし、困難な中でも決して患者受け入れを断ることなく診療しつづけた医療人も確実に存在しました。私自身10年以上病院、診療所に勤めていましたので、そのことはよく分かります。
 しかし問題は、個々の医師や病院がどうこうということではなく、救急指定病院自体が公的青任で整備されない、現在の診療報酬では24時間体制を取りたくてもとれないという社会的要因が厳然と存在しているということです。
 特養ホーム入所でも同様です。入居を求めて、様々な施設の門を叩きつづける「介護難民」の光景が容易に目に浮かびます。しかも要介護者は救急車は連れて運んでくれません。家族が自分で探し、交渉するのです。なぜなら本人と施設の契約ですから。市町村はただの調整役にすぎません。サービス給付への公的責任、法的責任はいつのまにか消えています。介護サービス提供事業者と本人との契約なのです。
 介護保険導入前からの入居者についてはどうでしょう。6月14日に行われた厚生省の医療保険福祉審議会介護給費部会では、以下のようにコメントしています。・「なお、この経過措置は、特別養護老人ホームの入所の措置をそのまま継続するものではない。すなわち、特別養護老人ホームの入所の措置は、介護保険法の施行の日において当然に効力を失い、引き続き当該特別養護老人ホームに入所する旧措置入所者は、その旨の契約を当該特別養護老人ホームとの間で締結することになります」
 つまり、4月以降も措置が継続するのではなく、4月1日の時点で従来の措置は失効し、新たな契約関係の下にはいるのです。つまり、特養ホームの「居住権」は4月1日で、一律にご破算になるのです。
 また介護保険では施設サービス給付の対象とならない、「自立」「要支援」と介護認定された入居者に対して、当面は入居を継続できる経過措置が講じられています。
 しかし、この措置に関して「5年間はホームに居ることができる」と説明されていますが、より正確に表現すると「5年以内に出て行かなければならない」ということでしょう。介護保険法第13条7項は「旧措置入所者は、特定介護老人福祉施設が行う、機能訓練を進んで利用することにより、その有する能力の維持向上に努めるとともに、その心身状況に応じて最も適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用する様に努めなければならない」と定めています。つまり、施設サービス以外のサービスもどんどん利用して下さいということです。事実、石川県の説明では「この経過措置というのは、5年間は居ていいという意味ではありません」と述べられていました。後述のように、やすらぎホームでは14名の方が、この「自立・要支援」に該当すると思われます。
 いずれにせよ、介護保険下の特養入居者は、「ついの住み処」から「適所施設へ」との批判に端的に示されるように、法的にも、実体的にも非常に不安定なものということができます。
2)入居者の生活面 
特養ホームでは、「身体的介護」だけでなく、「生活」が大きなウェイトをしめます。特養ホームは、障害をもったお年寄りが生活するところです。例えどんなに重い障害があったとしても、なるべくその人らしい今まで通りの普通の生活をおくっていただきたいと願っています。入居前は、病院などで、一日中ペットの上で過ごされていた方も、ホームに来られると生活のメリハリがつき、「寝たきり」と思われた方も、食堂で椅子に座って食事ができるようになる方も少なくありません。これは、職員の懸命な介護実践の結果です。
 特養ホームで生活する上で、現在は措置費に含まれているもので、介護保険の村象にはないものがあります。被服費(安心パンツ、おむつカバーなど)、教養娯楽費(新聞、雑誌、各種行事費)、日用品費(ティッシュ、トイレットペーパーなど)です。各種行事費は、陶芸教室のときの粘土や切絵教室のときの紙代などです。これらに要する費用は来年4月以降は、介護保険の1割負担分とは別の「日常生活費」として個人負担することになるでしょう。
 こうした「レクリエーション活動」はそれ自体の楽しみと同時に、その事を通じての、職員と入居者、そして入居者間の人間関係づくりに大きな役割を果たしています。それは「食事介助」「入浴介助」「‡桝世介助」も、その本来も目的と同時に、職員と入居者のコミュニケーションの深まりの大事な場であることと同じです。結局は、「寝たきりだったお年寄り」に表情が現われ、目に輝きが戻り、ペットから離れてゆくのは、こういった人間関係の深まり、広がりだと思います。
 介護保険制度の下では、特養ホーム自体が「生活」から「身体的介護」にシフトしてゆき、文字通り「ホーム」が「ケアセンター」になってしまうのではないでしょうか。
 個室料金も解禁されようとしています。今春やすらぎホームが増築し、50名の新たな入居者を迎えました。入居前に多くのご家族がホームの見学、下見に来られました。今までいた病院や老人保健施設の印象から、「個室料金はいくらですか」との質問が多かったのも事実です。今後、少なくない施設が「それが利用者のニーズである」ということで、個室料金徴収に積極的に乗り出すでしょう。
 このように、介護保険は、お金のあるなし、経済負担能力の大小によって、同じ施設に暮らす入居者内での格差を拡大することになるでしょう。職員が日常のケア面で、どれだけ一生懸命お年寄りに向かい合っても、このことは、お年寄りの生活に暗い影をおとすことになるでしょう。
 また昨冬にも猛威を振るったインフルエンザの予防接種の費用も、現在は「措置費の中から支出しても差し支えない」ということになってますが、介護保険下ではどうなるのでしょう。予防接種自体が公費負担されないかぎり、ホームが自前で捻出するか、入居者に負担を求めるかいずれかになるでしょう。

3)特養ホーム入居者の負担
 現在は、特養ホーム入居者の生活費や、職員の人件費、施設の水道光熱費をはじめとする運営費は、「措置費」という名の公費(つまり税金)で、自治体から施設に支給されます。その基準は施設の定員、入居者の重症度、職員の経験年数などによって細かく計算されます。やすらぎホームでは、今年度は、入居者一人当たり、260,692円です。
 ここで、重要なことは、「入居者の重症度に係わらず、入居者一人当たり」の金額ということです。従って、総収入は260,692円×定員100名×12ケ月=年間3憶1283万円となります。
 介護保険制度では、入居者の要介護度に応じて介護報酬が決まります。4月以降の新規入居者については要介護1から要介護5までの5段階、以前からの入居者については「自立、要支援、要介護1」「要介護2、要介護3」「要介護4、要介護5」の3段階にわかれます。入居者のその1割を自己負担する訳です。自明なことですが、要介護度の高い方が増えれば、収入は上がりますが、人手もかかります。逆に要介護度が低い方が増えれば、人手は少なくていいでしょうが、収入も下がります。人員配置数も最大のサービスの一つです。現在多くのホームで、来年の介護保険導入に備え、収入予測のシュミレーションが行われています。やすらぎホーム入居者の要介護認定のランクは下図のようになっています。
ランク 該当者
要支援 14
要介護1 17
要介護2 4
要介護3 28
要介護4 17
要介護5 20
合 計 100  
介護報酬の単価について、最終的に正式に決まるのは、介護保険実施直前といわれていますが、直前までわからないというのであれば、新年度の予算も人員計画もたてようがありません。様々に報道されている情報をもとに、全国どの施設もシュミレーションを行っています。やすらぎホームでも当てはめを行っていますが、設定単価次第によっては年間900万円の減収という最悪のケースも覚悟しなければならい状況です。そしてその場合、最大の被害者は、入居のお年寄り自身だということを忘れてはなりません。
 利用料はどう変わるのでしょう。現在の制度では、入居者本人が「被措置者費用負担金」を、扶養義務者は、「扶養義務者負担金」を、それぞれ施設にではなく市町村に支払います。ここでも重要なことは、各負担金は収入に応じて決められるということです。お年寄りご本人は自分の年金額に応じて、扶養義務者はその支払う所得税額に応じて、各々月額0円から24万円の範朗内で負担します。やすらぎホームの場合、ご本人と扶養家族双方の負担金の合計が5万円以下の方が全体の42%を、本人の負担だけの比較では、56%にもなります。それだけ低い年金の方が多いということです。例えば年金額60万円の方は、現在の基準では月額利用料は35,000円です。残りの15,000円のなかから、国保科や毎年のように改悪され引き上げられている医療費を支払うと、手元には10,000円しか残らないような費用負担基準です。
 介護保険では、特養入居者の平均利用料は、食費など介護保険対象外の費用も含めて、平均5万円と報道されています。しかも、前に述べた保険料や日常生活費を加えると、さらに負担は大きくなります。当然ながら、介護保険になると負担がかえって減少する方もいます。(それは、現在の負担の上限額が高すぎるということでもあるのですが…。)しかし、上記のような低所得ゆえに、ホーム負担金も低く設定されている方への緩和措置、減免規程はどうしても必要となるのです。このように,従来の「サービスは必要に応じて、負担は支払能力に応じて」という、福祉の基本的な考え方から、介護保険では「サービスは支払能力に応じて」という考え方になります。これは保険というシステムの基本原則です。費用の支払い方も変わります。介護保険では、「利用者と施設の契約」ですから、入居に係わる費用請求を、施設が本人または扶養義務者 〈連帯保証人としての契約をすることになるのでしょう)に行い、支払って頂くわけです。深刻な不況と、度重なる医療保険制度改悪で、現在でも国保科などの医療保険料の滞納が深刻な社会問題になっているのに、これに上乗せして介護保険料とサービス利用料を負担しなくてはならないということになると、問題はますます深刻になります。施設は「未収金問題」で「頭」を悩ますというより「心」を悩ますことになります。事業者によってはサービス利用開始にあたって、「代金回収」の保障として、資産調査を行うところも出てくるかもしれません。
おわりに
 たとえ制度が変わっても,従来できていたことができなくなるということは,よほどの合理的理由がない限り認めることはできません。総額で2兆円を超える保険料をとる一方で,国は3700億円,地方は800億円の負担が減ると伝えられています。そのツケをお年寄りへのサービス低下にしわよせするようなことはあってはなりません。
 介護保険で特養は「通過施設」になると言われます。そして「施設から在宅へ」とも言われます。「特養ホームのお年寄りは、本当は家に帰りたがっているのではないですか」と厚生省の若い官僚は私に言いました。
 しかし「在宅=自宅」と限定的に考える必要はないしょう。「障害があっても痴呆があっても、この地域で生きてゆくために必要な介護サービスの充実」が問題なのだと思います。そのなかには、ホームヘルパーをはじめとする在宅を中心に提供されるサービスもあれは、施設に通って提供されるものも、また継続的に施設内で提供されるものもあります。
 それら全体の充実が求められているのあり、私たちもそのことを望んでいます。しかしそうなったとしても、障害を持った高齢者が最後まで安心して住める生活施設の必要性はなくなることはありませんし、なくしてはなりません。特養ホームは引き続き「介護保障の地域における拠点」であり続けるしょう。今後も,やすらぎホームの実践を通じて,そのことを訴えつづけて行きたいと思います。
(くにみつ てつお/
   特別養護老人ホームやすらぎホーム)
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