介護保険は特別養護老人ホームのケアと運営をどう変えたか 国光 哲夫 |
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はじめに 介護保険が導入されて1年が経過しようとしています。とりわけ在宅分野を中心に、予想した とうりの、あるいは予想を越えた、様々な問題が表面化してきたといえるでしょう。そのなかで 、施設分野においては比較的、間麓は新著化していないように見受けられます。しかし、施設分 野においても、介護保険は様々な影響を施設運営とケア内容に与えています。 介護保険は特別養護老人ホームのケアと運営をどう変えたかについて、やすらぎホームにおけ る実情に振れながら報告します。 1制度上は「ついの住み処」ではなくなった従来は行政の措置行為として、特養ホームに入居し ていましたが、介護保険では入居希望者と施設の「対等平等な」契約となりました。やすらぎホ ームにおいても、介護保険導入前の偉ただしい時期に御家族の皆さんに集まって頂き、介護保険 制度や入居契約についての説明会を行いました。当ホームの入居契約書では、契約期間について 、以下のように取り決めています。 契約書 第2条(契約の期間) この契約期間は、 年 月 日から、契約書別紙による契約の終了、解約が成立する までとします。 契約書別紙 第4条(契約終了・解約) 1.利用者は、事業者に対して文書で通知することにより、この契約を解約する事ができます。 2.事業者は以下の事項に該当した場合、利用者に対して文書で通知する事により、この契約を 解約することができます。 @利用者の利用料金の支払いが、正当な理由なく6ケ月以上遅延し、支払いの催促にもかかわ らず、30日以内に支払われない場合。この場合30日の予告期間をおきます。 A利用者が、病院または診療所に入院し、3ケ月以内に退院できない事が明らかな場合、また は入院後3ケ月を経過しても退院できない事が明らかになった場合。 介護報酬上も、「退所前後訪問相談援助加算」4,600円や「退所時相談援助加算」5,700円な どが、新設されました。制度上は、「ついの住み処」から「通過施設」ということが明確になっ ています。 しかし現実には、特養ホームは引き続き「ついの住み処」としての役割を果たしていますし、 行政もそのことを期待しているというのが実際のところです。この役割を消してはならないと考 えています。 2 入院時の在籍保障同額 もともと何らかの障害があって家庭で常時介護ができないから特養ホームに入居されてきた方 々ですから、80才、90才ともなると、様々な病気を抱えていることは普通です。場合によっては 医療検閲への入院が必要となることもあります。 措置費時代は、特義人居の特養入居者が病院などに入院しても、3ケ月は、月額約26万円の措 置費(定点100人の場合)のうち、入居者の食費等はカットされるもの、施設管理費や職員人件 費に相当する部分の約20万円の措置費は支給されていました。特養は「生活施設」しかも「終の 棲家」ですから、退院して再びもとの生活にもどれるよう、少なくとも3ケ月は部屋を空き部屋 のまま待っていたのです。 これに対し介護保険下では、厚生省令40号で「3ケ月以内に退院することが明かに見込まれる 時は(中略)、やむを得ない事情がある場合を除き、退院後再び当該施設に円滑に入所すること ができるようにしなくてはならない」と定められました。 更に、老企通知43号で「3ケ月以内の退院見込みは主治医に確認すること」「単に施設が満床 というのは“やむを得ない事情’’ではない。施設偶の都合は基本的には理由にならない。」「 入院者の退院予定が予定より早まったためにペットがない場合は、認められる」と示しています 。 このように法令は「3ケ月超過したら契約解約(退所)」とは言っていませんし、「入院7日 日以降は契約解約できる」とも言っていません.つまり、個々の施設の契約書で、「3ケ月過 ぎてもペット保障する」とすることも可能だし、逆に「入院翌日から契約解約」とすること も可能ということです。(もちろん双方の契約上の合意が前提です) 実際には、入院後6日間は、1日当たり3,200円の介護報酬が支給されるため、施設にとって は無報酬となる7日日から「契約解約」とする施設も少なくないようです。もちろん、多数の待 横者が入居を待っておられる以上、無為に空室をかかえているより、次のお年寄りに入居して頂 いた方が、お年寄りにとっても朗報という考えも尊重されるべきです。 しかし、あえて、やすらぎホームでは、前述のように、基本的には、従来どおり3ケ月間は ペットを空けて待っておく事にしました。 このような契約内容にしたのは、措置時代の「3ケ月間は措置が継続する」を踏興し、3ケ月間 の在簿保障という水準を、施設の側から下げることは出来ないというものでした。もちろん長期 間の無報酬期間を抱え込むことは施設運営にとっても深刻な間規ですし、入居の順番を待ってお られる方にしてみれば、「空きペットがあるなら自分をいれてほしい」という気持ちになるのも 極めて当然なことです。しかし、入院先の病室のペット上で、「あの部屋にはもう別の人が入っ た」開かされるお年寄りは、どんな気持ちになるでしょうか。想像するだけでやり切れない思い です。 実際には、原則を堅持しながら利用者の実情に沿って様々な対応がありえると思います。やす らぎホームでも率直に言って模索中です。しかし客観的に見れば、少ない特養定点をめぐって、 現入居者と待機者が紳引きをしている訳で、暗澹とした気持ちになります。契約解約を持ち出す 施設だって、経営上やむを得ずしているのでしょう。私は、契約解約を恐れ、少々の病気では入 院したくない高齢者・家族が増えてくる事を危惧しています。 3 利用者の経済負担 介護保険前は、それぞれ所得に応じて、本人は、月額0円から最高24万円まで、扶養義務者は 、月額0円から14万円まで負担していました。この2重負担の合計金額は、相当な額になっており ました。 介護保険制度では、「本人の収入に係わらず、受けたサービスの一律1割負担」となりました 。そして、旧措置者については、5年間の経過措置が認められ、年収34万円以下は0%、48万以下 は3%、68万以下は5%、68万円以上は、通常どうり10%負担となりました。食費も年収の区分は 更に細かく別れ、0円から22,800円まで負担額が別れています。同時に扶養義務者の負担が廃止 されました。 これによって、3月までの本人とご家族の負担額の合計と、4月以降の実際の負担額を比較する と、4月以降の方が安くなった方が、旧措置者100名のうち98名となっています。 もっとも、減免といっても、年金68万円以上の方は、利用料については通常の10%負担なので すから、当ホームでは、旧措置者の6割は10%負担をしています。4月以降の新規入居者について は、介護保険の原則の、「本人の収入に係わらず、使用したサービスの一律1割負担」が、貫か れています。介護保険料の徴収、高齢者医療費負担に引き上げとも相倹って、この負担は大きい ものがあります。 4 ケア内容 ケア内容については、制度がどんなに変わろうと、変えてはならないものは変えてはならない 訳です。重度の障害をもった高齢者の生活施設としての役割は変わりませんし、変えてはならな いのです。その意味でも、狭い意味での介護に嬢小化されることなく、「その入らしい生活作り への援助」という、特養の役割を、豊かに発展させる必要があります。 しかし、とりわけ都市 部においては、介護保険導入を機に自治体独自の補助が廃止され、人員削減、パート化が強力に 進められ、それはケア内容、高齢者にしわ寄せという状況もあらわれ始めています。また、介護 保険導入による、コンピュータ業務をはじめとする事務作業の急増により、結果的にお年寄りと 向き合う時間が減るという状況も一部であります。一方、「生き残り」をかけて、「選ばれる施 設に」という視点で、「サービス向上」が至上命令という状況もあります。 更に、要支援と認定された方の「入居権」の開通も現場では深刻です。旧措置者は、要支援・ 非該当の方でも5年間は、入居することができます。しかし、たとえば入院などにより、入居 契約を解約した場合、再度入居するときは、経過措置は通用されず、要支援では入居資格はあ りません。 また新規入居者であっても、入居後に「要支援」となれば、退所しなければなりません。実は こういうケースは思った以上に多いのではないかと言う印象を持っています。 というのは、今まで病院のペットの上だけが世界のすべてであったようなお年寄りが(その 事自体が今の医療のあり方として間親なのですが)、特養に入居してきて、普通の生活のリズム を取り戻す事により、目に輝きがもどり、表情がでて、ADLも日をみはるほど改善するとい うことは、決して珍しいことではありません。そういう方も含め、入居後に要支援となった場合 、「では自宅に帰りましょう」と単純にはいきません。もともと自宅での介護が困難だから特養 に来たわけです。特養で行われているケアの同じだけ量と質を、在宅で保障できるだけの介護保 険制度になっているでしょうか?。 5 ショート問題 短期入所において、ケアブラン上の利用日数制限により、必要な日数を利用できないと言う間 遠が深刻化してきました。施設にとっても、「利用希望者は多いのに空きペットを多数抱える」 という事態となりました。同時に、短期日の細切れ利用のショートが増え、動態が一気に増え、 その対応だけでも職員は疲弊してしてしまうという報告も寄せられています。 厚生省は、利用者・事業者の声に押され、2000年6月からは最高14日のふりかえ利用、今年1月 からは最高30日までの振り替えの弾力化、来年からは適所訪問系と短期入所の一本化を決めまし た。しかしこの弾力化により、高齢者によっては、かえって利用可能日数が減少するという逆転 現象も起っています。 これらは、施設の絶対的不足とともに、ご本人のその時の状況や、家族介護カや社会背景など とは無関係に、認定介護度で自動的に決まる金額の範囲内でしかサービスを利用させないという 、介護保険制度の根本的な矛盾を改めて示していると言えます 6 「措置から契約へ」は何を意味するか 介護保険導入により、特義人居者にとっても、「措置」から「契約へ」となったことになって います。その事は、何を意味しているのでしょうか。私は、特養ホームに誰を入居させるかは、 「行政ではなく、事業者が決めるようになった」ということが、歴史的大転換だと考えています 。 従来は、特善人居希望者は、市役所に、入居を希望する第1希望と第2希望の施設名を添えて申 し込み、行政が「入所」が妥当と判断した方について、順次入所するという流れでした。従って 、施設としては、空室ができ次の方に入って頂こうと思っても、措置権者である市役所から、次 期入居者の連絡があるまで、どこのどういう方が入居されるのわからなかったのです。どなたに 入居して頂くかは、行政が決めるのであって、施設が決めることはできないしくみでした。もっ とも医療的に重度であるとか、痴呆が重度であるとかの理由で、「うちの施設では受け入れ困難 」として、市から提案されたお名前をお断りすることはできました。(やすらぎホームは住民運 動のなかから住民の手で建設されたホームですから、「やすらぎが断ったらどこにも行き場がな くなってしまう」との思いで、基本的にはどのような状態の方でのお断りしないでお引き受けし てきたと自負はしていますが…・・・〉 しかし、介護保険下では、希望者と施設の「契約」つまり「直壊交渉」できまります。入居を 希望する方は、予め希望する施設に申し込んでおきます。介護保険制度では、要介護1以上であ れば施設サービス利用の資格がありますから、今現在特養入居の必要が無くても、将来必要にな った時の為に、今から申し込んでおく事ももちろん可能です。 契約ですから「対等平等」なはずですが、絶対的施設不足の現在の状況下では、現実には、施 設1削こ「選択権」があるのが実際のところです。 7 どういう「傾番で」入居していただくか やすらぎホーム入居を希望して「順番待ち」をしておられる方は、2000年12月末現在で、下図 のとおり、178名おられます。この表からも明らかなように、老健に入所されている方も、療養 型に入っておられる方も、特養の入居を待っておられます。介護保険になり、老健の逓減制がな くなり、老健も、なろうと思えば「ついの住み処」になることができるようになりました。実際 「いつまでもいていいですよ」とする老健も少なくないようです。しかしその老健自体の待機者 も増えています。 受 付 時 期 在宅 老 健 療 養 型そ の 他 計 99年3月以前@ 8 10 10 3 31 00年3月以前A 7 9 5 5 26 00年4月以降B 50 31 25 15 121 計 65 50 40 23 178 この表の@とAについては、市が受け付けた 方々ですが、介護保険導入の際して、第1希望の施設に、市は名簿を振り分けました。 「どういう順番で入居して頂くか」これは、頭の痛い間遭です。当法人の理事会や評議月会で も大数論になりました。施設例の思いと、地域代表の皆さんの思いも微妙に食い違います。 「やすらぎホームに入りたくて、2年も3年も待っていたのだから、申し込みの日付傾が当然だ 」「家族の状況が大変で、ショートステイの利用日数も使い果たして、今すぐホームにはいれな いと悲惨なことになるお年寄りも少なくない。緊急度を優先させるべきだ」「そんなこと言って も、今まで何年も待っていたのに、急にやってきて先を趨されてしまうのは納得できない」「緊 急度と言うけど、特養待機者は全員、緊急です」などなど…‥・ 各々もっともな意見です。根本的には施設の絶対数が少ないということが問題なのですが、現実開通として、「どういう順番で入居して頂くか」については施設によって様々な対応がなされているようです。 市としては、1999年3月までに市役所で受けた名簿(上表の@)については、順番を飛び越す場合は、その理由を報告することになっています。しかしABについては、事実上施設の判断にまかされている現状です。 やすらぎホームでは「申し込み順を基本にしながら、この方の現在の状態などを加味して柔 軟に対応する」ということにしています。 8 介護保険下での特養の運営 特養経営において、人件費管理は大きなファクターです。同時に職員配置数は、ケアの水準を、内容を大きく左右します。介護保険では、最も介護報酬の高いランクが、入居者:看護介護職員の比率が、3:1となりましたが、これは介護保険実施前の、全国の非常勤職員含めた職員体制の水準を追認したにすぎません。その意味でも、介護保険制度は、貧困な福祉水準を固定化制度化したものと言えます。 やすらぎホームの職員体制は、現在2.7:1ですが、十分といえるような水準ではありません。先日ある、先進的なケアをしていることで有名な県外の、ある特養ホームの方のお話を開く機会がありました。「そもそもまともなケアをするには少なくとも、2:1でないとやれない」 と、実際にそういう配置をしているとのことでした。しかし施設は大変な赤字、とこぽされて いました。これが現実ということです。以下の表はこの3年間の、入居者一人当たりの施設への収入を比較したものです。介護保険では、入院期間中の無報酬期間や、減価償却費を見込ま なくてはならないことから、文字どうり、介護報酬というのは、措置費水準を踏興したといえ ます。 年度 1998 1999 2000 施設定員 50 100 100 制度 措置費 措置費 介護報酬 入居者一人当 の施設収入 30万円 26万円 31万円 おわりに一安心して住み続けられる街には安心して住める施設が必要 1993年7月1日、やすらぎホーム開設のまさにその日に、ホームに入居されたKさんが、先日、7年のやすらぎでの生活を終えて、天国に旅立たれて行かれました。ご本人とご家族の希望で、最後は病院ではなく、ホームのご自分の部屋で、家族やホームの仲間や職員に囲まれて旅立たれました。入院中も職員は、足しげく入院先にお見舞いに行かせていただきました。 病院では本当に献身的に治療に当たって頂きましたが、やはり「最後は住み慣れたホームで」 というのが、多くの入居者の率直な願いであると思います。 重度の障害をもつ高齢者が、在宅生活を望むのであれば、それを保障できるだけの在宅サー ビス提供できる介護保険制度でなくてはなりません。同様に施設入居を望まれるのであれば、そ れに応えられる施設数が必要でしょう。 やすらぎホームも1999年の第2期建設運によってこ在宅介護部門を大幅に強化しましたが、在宅介護サービスを一生懸命に取組めば取組むほど、逆に「施設建設の必要性」が痛感させられると言うのが現実です。 今、各分野から「安心して住み続けられる術づくり」のスローガンが叫ばれています。しかし、「安心して住み続けられる街」には「安心して住める施設」が必要なのです。 これからも「特養ホームの地域にとっての存在意義」を、やすらぎホームのささやかな実践を通じて、訴え続けて行きたいと思います。 (くにみつ てつお/ 特別養護老人ホーム やすらぎホーム) |
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