●特 集/構造改革と人権としての社会保障
医療と人権
一保障されないホームレスの生存権−
伍賀 道子


1.はじめに
 金沢駅の近くに位置する城北病院では、昨今の不況を反映してか生活困窮者の受診が増加傾向にあり、中でもホームレス患者の受診敷増加は著しい。
 最近の厚生労働省調査(平成13年9月末実施)でも、全国のホームレス数が24,090人と2年前と比較して約18%も増加し、政令市や地方都市での増加が顕著に現れている。その一方で、国の「ホームレス自立支援事業」は、2002年度では14カ所、1350人程度、予算は12億円にすぎず、全国的にもホームレスに対する自立支援策は絶対的に貧しい状況にある。
 当院が所在する金沢市では、ホームレスの自立支掛土管無に等しく、ホームレスに関する実態調査は平成9年以降実施されておらず、その実態についてはほとんど掴めていない。
そのような状況の中で、今回当院を受診したホームレス患者に焦点を当て実態を明らかにすることにより、医療機関側から見た金沢市におけるホームレスへの自立支援策の実態と生活保護行政の問題点について探っていきたい。

2.対象・方法について
 2000年4月〜2001年3月までの期間に、当院にて外来受診又は入院したホヤムレス患者を対象とし、各ケースを集計・分析することでホームレス患者の実態を明らかにする。3.ケースから
(1)ホームレス患者の受診対応について 
金沢市では、ホームレス患者が医療機関に外来受診した場合、医療機関が市の担当者へ連絡を入れ、保険加入していないことを確認した上で、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」(明治32年制定、以下「行旅」と略す)を適用し、受診を保障する手続きをとっている。
(生活保護医療扶助単給として取り扱っている自治体も多い。)
 また、ホームレス患者が入院治療を必要とした場合、入院した医療機関を現在地として生活保護を申請することによって、入院に関わる診療費及び日常生活費の支給が行われる。しかし、国民健康保険の加入があるホームレスの場合などについては、この限りではない。

(2〉 ホームレス患者受診統計から
 次に、2000年度に当院を受診したホームレス患者の実態について、統計を通してみていくことにする。

 @ 受診数(図1,2)
  図1は、1996年〜2000年における金沢市と当院での外来受診(行旅病人申請)件数を比較したものである。過去5年間で、金沢市では約9倍、当院では約11倍に増加しており、ホームレスの医療機関外来受診状況からみても、ホームレスの増加が金沢市においても深刻な問題になってきているといえる。また、2000年度は67件(実件数24件)で金沢市全体の6割を占めており、同一患者の複数回受診を含め、当院におけるホームレス患者の受診率が多いことがいえる。
 図2は、同期間において、金沢市と当院でのホームレス患者の入院件数を比較したものである。この5年間で金沢市、当院ともに若干の増加はあるものの、大きな変化はない。 過去5年間の外来受診数の伸びに対して、入院件数の変動がないのは、当院の診療状況を参考にして考えると、以前は「行旅」の適用を1人のホームレス患者に対し、月3回までと運用していたところ、近年は特に制限を設けず複数回受診を認められるようになったということ、そしてこれにより、以前は入院治療で対応していたようなケースについても、最近では外来診療の予約をとって対応するケースが増えたということが、要因として考えられる。

A 年齢(図3)、男女比
 当院における2000年度の外来及び入院のホームレス患者を年齢別でみてみると、50代後半が圧倒的に多く、全体の約6割を占めており、再就職困難な年齢層が最も多いことが特徴と.して挙げられる。また、男女別でみると、外来では男性59人、女性8人、入院では男性22人、女性5人で、全体での男女比は男:女=6.2:1で、男性が占める割合が圧倒的に多かった。

(3)入院したホームレス患者のケースから
次に、2000年度に当院において入院治療を行ったホームレス患者27件のケースを具体的にみていくことにする。

@失業理由(図4)
27件のホームレス入院患者のうち、入院時に職を有していたのは1件のみであった。無職状態にあった26件のうち、失業した主な理由として、「体調不良」が10件、「解雇が5件、「仕事がない」が3件となっている。

A 入院前職業(図5)
 入院患者27件の入院前の職業は、主に建設現場での雑役などの不安定雇用が多くみられる。これらの不安定雇用者の多くは、飯場や会社の寮などで生活を送っているため、失業すると同時に住居を失うという不安定な生活を強いられているのが現状である。
 中には、体調不良の訴えがあったにもかかわらず、営業の仕事を休むと解雇を言い渡されるおそれがあったために、必死に働き続け、最終的に生死をさまよう状態で救急搬送された50代の男性のケースもあった。

B 疾 患
 入院時の疾患でみると、脳梗塞、胃潰瘍、心不全などの急性疾患が10件、肝硬変、糖尿病などの慢性疾患が15件、その他、脳血管性痴呆、高齢を理由とした入院が2件あった。 27件のうち、入院当初より退院後の療養調整の目的を中心とする、社会的入院を兼ねたケースが7件含まれていた。これら7件すべてのケースは、入院前に市の生活保護担当ケースワーカーや知人、議員、他医療機関のMSWから当院を紹介されており、住所不定の場合は、医療機関に入院することでしか生活保護の申請や療養調整を行うことができないということを、患者自らが事前に情報を入れた上で来院していたということが明らかになった。

C 転帰(図6)
 退院後の27件の転帰をみると、「ホームレスとしての元の生活に戻る」が10件、「アパートを借りて退院」が9件、「日雇い等の仕事を探す」が4件、「親族を頼って退院」が2件となっている。 ホームレスとして元の生活に戻った10件のうち3件は、退院後にアパートでの生活を希望していたにも関わらず、保証人を見つけることができなかったためにアパートの契約を結ぶことが困難となり、その選択を自ら断念し自主退院をしたケースであった。他7件は、自ら元の生活に戻ることを選択したケース、治療継続困難などにより自主退院したケースなどであった。

(9 入院期間
 27件のうち、入院当初の入院見込み期間はすべてのケースで30日以内であった。しかし、入院期間が30日を超過した14件のうち、8件は生活保護決定、保護費支給まで の処理時間が、治療が必要な期間より大幅に遅れたためであり、行政側の処理の遅れが原因であると指摘できる。

4.考 察
(1〉 行政窓口での水際作戦
 当院を受診したホームレス患者は50〜60代が多くを占めており、生活保護の基準となる稼働能力(65歳未満を基準)を持ち備えていると考えられる年齢層である。しかし、彼らのほとんどが入院前に定職に就いていなかったように、失業率5%台が続く不況の中で、「仕事を探せ」の一言では、彼らの生活の保障の手立ては全く取れない。
 現在、多くの生活保護行政の窓口では、「失業していても稼働能力がある」「住所不定である」ということを理由に、生活保護申請を容易に受け付けようとしない水際作戦が、当然のこととして行われており、中には「入院しない限り生活保護は受けられない」と豪語するケースワーカーもいる。また、市のケースワーカーからの直接の紹介で当院に入院し、実際に生活保護を受けたケースも2件あった。このような現状の中で、金沢市のようなホームレスに対する自立支援が全く整備されていない自治体では、彼らが生活の自立へのきっかけを作るためには、医療機関に入院することでしか方法がないといっても過言ではない。
(2)社会的入院を生み出す構造
 当院でも、外来受診のみ対応したホームレスの中で入院を希望するものも多く、「ご飯を何日も食べていない」「これからどこへ行けというのか」などと、明日の自分の生死について、訴えかけられることも日常的に多々ある。
 2001年4月に、石川民医連ソーシャルワーカー部会が金沢市の生活保護担当課に対し、「ホームレスが病気ではないが生活に困窮した場合、どのような対応を取るか」という質問を書面にて行った際、「その生活状況を把握のうえ、保護施設等への入所が必要な場合は、入所を勧めます」という回答が返ってきた。しかし、石川県には被保護者が入所できる保護施設が3施設(計340名定員)あるものの常に満席の状態が続き、ホームレスの自立のための支援施設には成り得ていない状況にある。また、彼らが必要としているのは、社会的に自立するための「就労」や「住居」の確保のための支援であって、保護施設等への施設入所の対応だけでは問題解決にはならないことは明らかである。
 そのような状況下で、当院においても、2000年度のホームレス入院患者27件のうち、明らかに社会的に保護を要し、退院後の療養調整を目的とするケースが7件あった。このように、自立支援策がとられていない金沢市の現状では、治療よりも自立支援を要するホームレスに対しても、医療機関への入院でしか彼らを救済することができない。
(3〉 さらに二次的社会的入院が…
 ホームレス患者が入院治療を必要とした場合、まず最初に生活保護の申請を行い、入院した医療機関を管理する福祉事務所が保護を行うことになる。(入院の場合、「入院治療を要する=稼働能力がない」という方程式が成り立ち、その治療が終了し退院するまでは生活保護は切れることはまずない。) しかし、金沢市のホームレス患者担当(法73条担当)のケースワーカーが抱えているケースは年々増加しており、1人の担当者が180〜190という膨大なケースを抱えているという実態がある。そのため、生活保護の申請から決定、そして保護費支給までの処理時間がかかり、入院を予定外に延期せざるを得なくなる多くのケースが発生した。これは、行政側
の斉任によって、二次的な社会的入院をも生み出しているということがいえるのではないだろうか。要保護世帯が増加傾向にあるにもかかわらず、ケースワーカーの人員体制の強化なされていないことは、ホームレス患者の入院の長期化を、生活保護処理上の金沢市の斉任問題としても指摘せざるを得ない。

(4) アパートが契約できない
 治療が終了した後、彼らの今後の療養先について、本人を交えながら方向性を探ることとなる。ホームレス患者の中には、社会適応が難しく自らホームレス生活に戻ることを選択する者もいる。しかし、中には地域で生活することを希望しているにもかかわらず、アパート契約の際の保証人が障壁となり、やむを得ずホームレスに戻ることを選択した者もいる。
 アパートを借りて退院した9件のほとんどが、保証人を強要しない不動産屋でアパートを探したり、入院中に知り合った方に保証人を依頼することによって、苦労を重ねた上で契約に結びつけている。彼らにとって住宅確保のためのアパートの保証人問題は、彼らの自立を阻む大きな問題であるということはいうまでもない。
 また、仕事を探すことで退院となったケースについても、住み込みの仕事を探すのに時間を要したケースもあるように、就労を支援する自立支援センター等の施設の整備が、大都市だけでなく、各自治体で地域の実情に応じながら実施されていくことが求められる。
 このように、社会的自立を成し遂げるための公的な支援が皆無に近い金沢市では、個人の能力と自助努力に頼るところが大きく、体調を崩し病院に入院することができた一部のホームレス患者しか、自立への扉が開かれていないのである。

5.おわりに
 厚生労働省は、2001年3月2日に生活保護関係全国係長会議で「ホームレスに対する基本的な生活保護の適用について」という指針通知を出し、その中で「・‥居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の用件に欠けるものではない。」として、ホームレスを生活保護の対象として明らかにした。しかし、多くの自治体の生活保護行政の対応はこれに程遠く、「稼働能力」「住所不定」を理由とする生活保護制度からのホームレスの差別的排除が、行政窓口で平然と行われている。その一方で、全国的に増加し続けるホームレスの自立支援に向けて、今年7月31日に、「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が参議院本会議において全会一致で可決され、成立した。
 この新法は「自立の意志がありながらホームレスになることを余儀なくされた者」に対し、安定した雇用の確保をはじめ、就労機会や住宅の確保、医療の提供など、自立につながら総合的な対策の実施を国や地方自治体の「責務」とし、ホームレスの社会復帰を目指すことを目標に掲げる、国としてもようやくホームレスの自立支援に対し動き出すこととなったといえる。 ホームレスの多くは、市場中心の経済社会から排除されたいわば社会的難民であり、不況により増加し続けるホームレスの自立支援策は急務である。彼らが安心して社会的自立を営むことができるために最も重要なのは、「就労機会の確保」と「住宅の確保」であり、地域格差が出ることなく、国の責任のもとで早急に実施される必要がある。 また、これらの開港をホームレス個人の問題としてではなく、社会構造の中で生み出され続けている開港として、私たち自身が認識
していかなければ、ホームレスの生存権は真に保障されていかないのではないだろうか。私自身、日々の相談援助業務を通して感じた彼らの声を、社会に訴えていける存在として有り続けていきたい。

   (城北病院/医療ソーシャルワーカー)

トップページへ戻る 目次へ戻る