●特集/構造改革と人権としての社会保障
規制緩和を柱とした保育政策の動向とその問題点
一待機児ゼロ作戦ガもたらす、保育制度解体の道とその矛盾−
岡崎 祐司

はじめに

 いま、保育所および保育労働者になにが求められているのか。それをとらえるには、地域における子育ての実態、子どもの発達状況、親の生活状況、そして保育要求をしっかり把握しなければならないだろう。保育政策はそうした住民要求にこたえる保育事業の実現や保育所運営、保育労働者を支えることに本来の役割がある。しかし、現在の保育政策は国民の保育要求を都合よく利用しながら、市場化、民営化の政策手法の実験として保育所を活用しようとしているのではないかと思われる。市場原理・競争原理の風が吹き荒れ、波がうねる大海に、保育者や子どもそして親たちが乗った保育という小船が投げ出されている。小泉内閣における待機児童ゼロ作戦以降の保育政策の動向をどうとらえるかを規制緩和路線とからめて検討し、その矛盾や問題点を三つの点に絞って指摘しておきたい。

T.“不純な動機,,の待機児ゼロ作戦

 小泉内閣は、発足当初から保育政策を重点のひとつにしてきた。その経過と問題点をまずスケッチしておこう。/ト泉内閣発足直後の第151回国会における所信表明演説(2001年5月7日)では、「私は、内閣を組織するに当たり、五人の女性閣僚を起用しました。これは、男女共同参画を真に実のあるものにしたいという思いからです。女性と男性が共に社会に貢献し、社会を活性化するために、仕事と子育ての両立は不可欠の条件です。これを積極的に支援するため、明確な目標と実現時期を定め、保育所の待機児童ゼロ作戦を推進し、必要な地域全てにおける放課後児童の受入体制を整備します。」とうちあげた。もっとも、女性閣僚は現在4人である。ある女性大臣のスカートの裾を踏んづけたことを契機に、小泉内閣の統治能力や政策能力の低さ、政治腐敗に対するあいまいな姿勢が露呈してしまい、意外なほどの早さで支持率が低下してきている。それはともかく、この演説を受けて2001年7月6日に「仕事と子育ての両立支援策の方針について」が閣議決定された。これは男女共同参画会議の提言を修正したものだが、保育政策にかかわっては、次のような方針が示された(下線は、筆者)。
待機児童ゼロ作戦
一最小コストで最良・最大のサービスを一
1基本方針
(1)待機児童の解消をめざし、潜在的な需要を含め、達成数値目標及び期限を定めて実現を図る。特に、待機児童の多い地域の保育施設を重点整備する。
(2)保育の拡充は公立及び社会福祉法人立を基盤としつつ、さらに、民間活力を導入し公設民営型など多様化を図る。また、自治体等の適正な基準を満たした施設の設置は迅速に行う。
(3)学枚の空き教室など利用可能な公共施設は保育のために弾力的に活用する。また、駅など便利な拠点施設を保育に活用するための支援や助成を行う。

2 具体的目標・施策
・待機児童ゼロ作戦一保育所、保育ママ、自治体におけるさまざまな単独施策、幼稚園における預かり保育等を活用し、潜在を含めた待機児童を解消するため、待機児童の多い地域を中心に、平成14年度中に5万人、さらに平成16年度までに10万人、計15万人の受け入れ児童数の増大を図る。施設の運営は民間を極力活用し、最小コストで最大の受け入れの実現を図る。
・新設保育所については、学校の空き教室等の既存の公的施設や民間施設を活用して企業、NPO等をはじめ民営で行うことを基本とする。
・上記民営保育所の整備を促進するため、引き続き会計処理の柔軟化を進めるとともに、公有財産の利用等の環境整備を行う。また、待機児童のいる市町村は公設民営保育所整備計画の策定に努める。
・保育所の定員の弾力化や設置基準の緩和、保育所を併設した各種施設を増やすための支援を行うとともに、地方公共団体は基準を満たした保育所の設置認可を迅速に行なう。
多様で良質な保育サービスを
1 基本方針
(1)病院や診療所における病児・病後児保育
 及び保育所における病後児保育を一層推進するとともに、延長保育や入園時期の弾力化、育児休業中の上の子の受け入れなどの柔軟な受け入れを実現する。
(2)民営型保育所の参入による多様できめ細かなサービスの展開や公立保育所の終業時間後の民間による補足サービスなど、民間の資源も活用した良質なサービスを供給し選択の幅を拡大する。
(3)保育や育児に関連する各自治体の創意工夫を奨励し、各種モデル事業に対し財政的措置を講じる。また、好事例に関して情報ネットワークを通じて広く紹介する。
(4) 利用者が保育内容を十分把握できるよう、経営主体に対して十分な情報開示を義務づ
 ける。また、地域の育児に関する情報を各地域の実情に応じて利用しやすい形で提供する。
2 具体的目標・施策
(1)保育所等のサービスの多様化
 病児、病後児保育を推進するため、市町村は必要な地域全てにおいて、関係者間の協議をすすめる。現在17%の公営保育所における延長保育の民営なみ(62%)の実施をめざし、一時 保育、休日保育等多様なサービスの実施の倍増以上をめざす。また、公営保育所における民営での延長サービスの実施など、必要に応じて公と民が協力してサービスを実施する。
(2)地域の実情に応じた取組の推進
 駅前や商店街等における各種保育サービスや郊外の保育所への送迎サービスの提供等、地域の実情に応じた保育を発展させるため必要な助成を行い、地域に即した取組を促進するため、特に重点地区でのモデル事業を支援する。
・保育に関する情報の提供
 保育に関する各自治体の好事例について広く情報提供する。
 i-子育てネット等を活用し、提供され最少のコストで最大・最良のサービスを生み出すという表現にみられるように、公的保育制度の拡充による待機児対策ではなく、公立保育所の民営化や定員の弾力化を柱として保育需要に応えようとする政策である。待機児対策とは保育所の量的拡大とくに乳児を中心にした入所定員の拡大でなければならない。したがって、待機児対策=公立保育所の民営化、定員の弾力化は直接は結びつかない。民営化や企業を前提にした民間活力は、待横児対策とはいえない。定員の弾力化も、あくまで過渡的対策であるので、本来は年限を区切った緊急の対策と位置付けられる限りで許されるものである。“最少のコストで最大・最良のサービス”という方針は、子どもの権利とはまったく無関係の方針である。つまり、保育所の入所を待っている子どものための純粋な勤横の待機児対策ではなく、別の動機と意図をもって不純な待機児対策といわねばならない。それは、後での述べる規制凄和を柱とした保育政策の矛盾のなかで明らかにする。

T.児童福祉法改正と規制緩和の推進

 さらにその後、衆議院・参議院あわせても4時間程度という短い審議時間で児童福祉法が改正案が可決成立した(2001年11月23日、与党議員の議員立法)。その主な内容は、1)児童委員の職務の明確化と主任児童委員の法定化、2)認可外施設に対する届け出制など監督の強化等、3)保育士資格の法定化、4)民間企業参入促進条項の導入となっている。そのなかで2)については、認可外保育施設の運営状況の知事への報告、運営設備の改善る保育サービスに関する内容・第三者評価や各種子育て支援情報をユーザーの立場に立った、わかりやすい形で情報提供する。勧告、立ち入り調査、閉鎖命令など認可外保育施設への当然の規制が明記された。しかし、保育の民営化、効率化がいっそう促進される条文が追加された。すなわち、第56条の7として「保育の実施への需要が増大している市町村は、公有財産(地方自治法238条第1項に規定する公有財産をいう。)の貸付けその他の必要な措置を積極的に講ずることにより、社会福祉法人その他の多様な事業者の能力を活用した保育所の設置又は運営を促進し、保育の実施に係る供給を効率的かつ計画的に増大させるものとする。」「国及び都道府県は、前項の市町村の措置に関し、必要な支援を行うものとする。」という条文が加わった。“その他の多様な事業者,,には株式会社、個人、NPO、学校法人などが含まれ、地方公共団体、社会福祉法人以外の保育事業への参入を示したものである。厚生労働省は、すでに2000年の児童家庭局長通知で保育所設置主体の規制綾和を行っており(「保育所の設置認可等について」児発第295号、2000年3月30日)、実態として保育事業への民間企業参入、公立保育所の民営化はすでに進展しており、法文上をそれを追認したものといえる。
 もうひとつ大きい意味をもつのが、“公有財産の貸付その他の必要な措置”である。これは、公設民営方式のほかに、公有財産のうち行政財産の業務委託や普通財産の貸与によって民間企業に保育事業を運営させる方式を取り入れさせようとするもので(地方自治法上は原則として公有財産のうち行政財産は企業に貸与することはできない)、
最近、PFI(privateFinanceInitiative:プライペイト・ファイナンス・イニシアティブ)として政府が推進している民営化の政策手法である。PFIは、公共施設の建設・維持管理・運営などを民間企業の資金力、経営能力、技術力を活用して行う手法とされている。施設建設・事業実施の計画は地方公共団体が行うが、資金調達、設計、建設、事業運営は民間企業自身がこなす点が、これまでの民間委託と異なる特徴である。もともとは公共事業を効率的に行うための包括的な民営化(民間委託)方式として民営化推進論者たちから着目されてきた手法だが、これを推進する法律として1999年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」が策定されている。
 また、2002年になって改定された『規制改革推進3カ年計画』(2002年3月29日)閣議決定)では、重点計画事項のひとつに「福祉・保育」をあげ、保育については次のような方針を示している。 「保育サービスの拡充と質的向上」については、“認可保育所基準の見直しの検討及びその周知徹底”として、定員基準の弾力化の一層の推進や分園の積極的推進、また地方公共団体の基準上乗せや補助のかさ上げの取りやめを示している。「公立保育所の民間への運営委託等の促進」として社会福祉法人、Npoだけではなく民間企業への委託も有効な処方箋だという。また、PFI方式の活用による民営化を進めるとしている。そのうえで「保育所への株式会社等の参入の促進」として、民間企業の余剰金がさらに保育事業の拡大に使われるよう会計基準の変更を進めるとしている。
 ほかに「認可外保育施設に対する指導監督の徹底」、「保育所に関する情報公開、第三者 評価の推進」、「保育所と幼稚園の施設共用化等による連携強化」、をあげている。注目されるのは「保育士に関する諸規制の改革」と「保育サービスの利用者に対する直接補助の導入」である。前者では保育士養成課程の見直しのほかに、短時間保育士の規制(2割以内)の規制緩和を進めるとしている。後者では、保育所に対する補助ではなく、利用者への直接補助方式の導入ができないかを検討するべきだとしている。
 この「規制改革推進3カ年計画」の内容は、利用者への直接補助以外はすでに実施されていることから分かるように、基本的に保育政策の方針になっている。保育所設置主体の制限を取り払い、保育事業の企業参入を進める道は児童福祉法改正でつけられている。周知のとおり、入所定員の弾力化は待槻児対策としてすでに2001年4月は定員プラス15%、5月以降はプラス25%、10月以降は保育士数や面積の基準内で定員にかかわりなく受け入れ可能とされている。第三者評価については、指針が示された(厚生労働省雇用均等・児童家庭局通知「児童福祉施設における福祉サービスの第三者評価事業の指針について(通知)」雇児発第0422001号、2002年4月22日)。会計基準についても通知の改正がおこなわれ会計処理の弾力化が進んでいる(厚生労働省雇用均等・児童家庭局通知「r保育所運営費の経理等について一等の一部改正について」雇児発第0329030号、2002年3月29日)。 また、分園については30人未満の定員規制の撤廃、施設法人の設置禁止の撤廃、公立保育所の分園を他の主体(つまり企業も可能)
への委託を可能とし、分園を常態化・拡大する通知がだされている(厚生労働省雇用均等・児童家庭局通知「保育所分園の設置運営についてjの一部改正について」雇児発第0521002号、2002年5月21日)。短時間勤務保育士については、保育士の2割までとされた配置制限を実質的に撤廃する通知がだされている(厚生労働省雇用均等・児童家庭局通知「『保育所における短時間勤務の保育士の導入について』の一部改正について」雇児発第0521001号、2002年5月21日)。
 こうした、小泉内閣発足後の保育所をめぐる政策の特徴をどのようにみなすことができるだろうか。基本的な方針は、子どもの権利より低コスト体制の保育事業の成立にむけた規制緩和、規制撤廃の実施であり、保育の市号イヒへの段階的改革の実施である。政府、地方自治体にとっての低コストつまり財政負担を相対的に抑制した保育事業の実施であり、民間企業にとっても参入可能な低コストの保育事業の実施を行いたいというものである。低コスト体制の保育事業を可能にする条件整備と、民間企業への保育事業の解放が、小泉「構造改革」の一環としての保育制度改革の当面の課題である。ここでいう条件整備は労働コストの低下や付置設備・給食にかかわるコスト削減など効率化という名の低コスト体制と、子どもの数に対する保育士数の配置を弾力化する“弾力的経営”、この二つを可能とさせる条件整備である。また、保育事業に参入する民間企業にとっては、園庭、給食設備など初期投資をできるだけ回避できることが参入するうえでの条件となる。
 さらに、PFIを含めたあたらしい公共管理システムの“実験場,,に保育事業提供することがむしろ主題になっているといわざるをえない。
 これらは、必然的に、公立保育所の解体の促進、そして社会福祉法人など非営利セクターの保育事業運営の圧迫と民間企業並みの低コスト体制への突入を強制するものになっている。公的な保育制度が拡充されるベクトルが働く中での民営化・民間委託推進ではなく、公的な保育制度の縮小・解体のベクトルを底流にもつ改革である。公立保育所の民営化によって、これまで保育を担ってきた社会福祉法人の保育所運営が潤うものではない。確かに待機児対策は重要であり必要なことである。しかし、待機児という子どもの権利を第一に考えるならば、小泉内閣のいう“最小のコストで最大のサービス”を実現する方針ではなく、子どもの権利保障のために必要なコストを確保して最良のサービスをつくる方針がすえられなければならない。待機児対策をたてにした保育の市場化・民営化の推進が主流に位置している。保育の対象は子ビもであり、子どものために保育が存在しているはずである。しかし、公共サービスの市場化・民営化のかっこうのモデルとして保育を位置付ける逆転がおこっているといわざるをえない。

V.保育改革の矛盾−ミニマム保障の崩壊、保育労働の変容、利用者負担の増大

 こうした状況のなかで保育現場にどのような矛盾が、もたらされているであろうか。繰り返しになるが、いまの保育制度改革の基本は保育事業の低コスト体制の実現が第一にあり、民間保育所運営を支えてきた公的保育制度の再編・解体がひとつの目標になっている。それを示唆するものが、『規制改革推進3カ年計画』にある「保育サービスの利用者に対する直接補助の導入」である。したがって公立保育所の民間委託の推進は、いま地域の保育事業を担っている民間保育所への事業の拡大・安定を意味するものではない、むしろ、民間営利企業への保育事業の解放が意図されていることに注意しておくべきである。したがって、公的保育制度の変容の過程として改革の動向をとらえ、それが保育現場に(子どもに)もたらす矛盾がなにかをつかんでおく必要があろう。
 第一に保育制度におけるミニマム保障の崩壊である。措置制度あるいは保育の実施制度は保育事業の財政責任、実施責任、運営責任を柱にした公共的供給システムである。これによって保育サービスの質を維持してきたわけだが、その要になっているのが年齢を加味した入所児童数(定員)に対する保育士数、面積・設備などの保育所最低基準である。いまの最低基準はけっして十分なものではないとか、開所時間の全てにわたってこれが保障されてきたわけではないなどの留保説明がつくにしても、これが子どもにとっては提供される保育サービスの質を示すものであり、子どもの保育の人権基準・発達保障水準の最下限を構成してきたのである。また保育所運営経費の基準になってきた。
 社会福祉サービスは基本的に人と人との関係、コミュニケーション、働きかけによる専門労働であり、対象者の状況・能力・主体性にも規定される労働である。しかし、労働者の力量ややる気だけで成立する労働ではない。サービスの質を維持するには、実践が展開される空間・環境と専門労働者の数・体制の保障が必要である。対象者の人権を考えると、これ以下の環境においてはならないという最下限が必要であることはいうまでもない。ところが、定員弾力化という名の定員基準の有名無実化は、最下限なき保育への突入である。保育における人権基準・発達保障水準を崩していく改革のはじまりである。
 現実に定員以上の子どもを受け入れることがあることを、まったく否定しているのではない。しかし、それはあくまで短い時間内での過渡的な一時的な措置でなければならない。保育所最低基準を政策主体が厳密に守ることを前提にしての、やむを得ざる措置としてようやく許容されることである。しかし、規制緩和のもとでのいまの改革は保育所最低基準についての公的責任を後退させるどころか、無実化するものである。本来は保育所最低基準を最適基準に引き上げる責任が厚生労働省にある。最低基準さえ割り込む保育を現場がやらざるを得ない状態になれば、そのこと自体が厚生労働省の費任として社会的に追求されるべき話ではないだろうか。
 第二に、保育労働における総合性、継続性、裁量権の弱化である。短時間保育士の配置規制撤廃にみられるように、低コスト体制の保育事業を行うには賃金を中心とした労働コストを下げて行くしかない。サービス産業論的にいえば、そのためには常勤配置をできるだけ抑制するとともに、分業体制を敷いていくことがそのカギを握る。一人の保育士が絵合的に時間をかけて一人の子どもとその親にかかわるような体制より、保育サービスをある程度類型化し場面、場面でかかわる保育士を変えていくほうが、効率的である。いまでも、担任保育士と長時間保育、延長保育で対応する保育士は変わっているが、時間での役割分担に止まらない保育サービスの分業体制である。この体制では、保育労働の総合性、継義性を維持することは難しい。
 しかし、もし保育実践を子どもがなにをしているかという表層だけをとらえそれを類型化し、時間軸で組み立て、場面の集合とみなせば分業体制をとれなくはない。第三者評領の評価内容も多分にこのことを意識し、ある1意味で分業体制のもとでの保育士のマニュアルや労働管理のツールとしても活用できることを含んでいるのではないか、と筆者はみている。また、福祉現場のリスクマネージメントの議論もこうした状況のもとでのリスク発生を視野に入れているので、議論が活発化している。
 労働コストの低下は分業だけではなく、現場労働者の裁量権をできりだけ狭めることもカギをにぎる。子どもと直接向き合う保育士が子どもたちのために、どのような実践をするのかを決めることになれば、コストは削減できない。保育士は子どもを第一に考えるのであって、コストパフォーマンスを意識して実践を組み立てるのではないからである。子どもにとって何が必要かを考え、それを提供するのが本来の保育の仕事である。場合によっては、効率の悪い内容も含まれるかもしれない。しかし、低コスト体制が問題になればこうした裁量権は経営者・管理者にできるだけ吸い上げコストパフォーマンスを見定めなら管理の対象としておかねばならない。
 こうしたことから、保育労働の総合性、継続性が弱まり現場の裁量権が狭まることになるが、それは保育サービスを表象ではなく子ども発達や人権という長期の深い意味から評価するならば、必ずしも保育の質を引き上げることにならないだろう。
 第三に、利用者負担増大の問題である。保育事業の低コスト体制は、利用者にとっての低負担体制を意味しない。むしろ、負担増大をまねく。低コスト体制を余儀なくされるのは保育事業に対する公費負担が総体的に後退するからであり、いまの延長保育、長時間保育にみられるようにそれにともない親の負担も強化されている。「保育サービスの利用者に対する直接補助の導入」は、利用者と保育所の契約利用方式を前提にしたものである。契約当事者の責任としての保育所への支払いについて、その一部(何割かはわからない)をその個人に公費として支給するもので個人給付である。つまり、消費者としての利用者の個人負担を前提にしたシステムである。しかも、延長、長時間、休日など全ての保育をカバーした直接補助なのか、一定の時間内の
保育に対する補助にとどまるかは不明である。保育事業そのものを公費でささえるというシステムではない。
 この方式はニュートラルに存在しているのではく、政策主体がどのような政策方針と政策目標をもっているかによって、カバーする範囲と補助の額はかわり、国民にとっての効果は変わってくる。子どもの人権と発達を保障し、選択を保障し、豊かな保育実践を生み出すためにこの方式を導入するのか、それとも保育事業の市場化を促進し営利企業のための低コスト体制をつくり政府の保育経費負担を将来にわたって抑制するために導入するのか、そのどちらかによって評価は変わる。介護保険制度や医療保険改革の動向をみれば、前者の方針によって「直接補助の導入」が目指されているわけではないことは、明らかである。いや、いまの保育の規制緩和の動向をみれば、利用者負担の増大、保育所経営の悪化につながることは日を見るより明らかである。
 このほかにも、障害児保育や困難ケースへの対応、子育て支援の体制、第三者評価の内容と基準・体制など保育制度改革にかかわって実践的課題を検討すれば、他の矛盾点も見出されると思うが、大きく整理すれば以上の三つの矛盾が見出せると思われる。

W.人権保障・発達保障の視点からの保育所の再評価が重要

 こうした保育改革の特徴として付け加えておかなければならないのは、効率化や評価といいながら、現在の保育制度や保育所の歴史・現状の効率性を評価しないことである。これまでの保育サービスの公共的供給システムはそれに対する財政責任、実施責任、運営責任を柱に構成され、施設最低基準によってサービスのミニマムを確保してきた。それにより行政の直営としてだけではなく、社会福祉法人の事業としても保育を成立させ、公・共の重層的な保育所体制を可能にし、社会福祉法人の運営を安定化させ、日本のほとんどの地域で保育所保育を子どもたちに提供してきたのである。しかし、まさに最低の名に相応しい施設最低基準、現場職員の勤務実態や専門性に見合わない措置費のなかで、とりわけ民間保育所では非常に効率的な運営が(現場保育士の多忙化や不払い労働を伴いながら)可能となっている。保育の普遍性と効率性が保育労働者の懸命の働きで両立しているのが現状である。だからといって、この両立をいつまでも続けていいのではなく、保育士が子どもと親にじっくりとかかわることのできるように施設最低基準を最適基準に改善することが優先されるべきである。
 公共的供給システムは長期的にみれば安心して子育てのできる地域、働きつつ子育てのできる労働環境をつくってきたのである。今日、保育所の存在しない地域での子育ては、ぉそらく若い夫婦にとっては考えられないものであろう。また高齢者や他の世代の住民にとっても、直接子育てにかかわっていなくても、子どもが豊かに育つ地域であるからこそ、地域の活性化が生まれ住みつづける条件が形成されるのである。また、子育て困難問題の拡大がいわれ、子育て支援が保育の重要な施策に位置付けられているのも、保育所が地域にねざした保育所として存在し、働く親だけにかかわらず全ての子育てをしている親にとって拠りどころとして機能するだけの実践と専由的機能の蓄積が歴史的になされてきたからである。こうした地域における住民生活や労働権の保障、子育て困難問題への対応など、公的保育制度と保育所がはたしてきた役割を人権保障・発達保障の視点から評価すべきでぁる。この視点からいえば、すでにいまの保育所運営体制は低コスト体制そのものといってもよいのではないだろうか。保育制度と保育所がだれのために存在し(子どもと親)、どのような役割と機能を果たさなければならないのか(保育所での保育と地域の子育て困難問題への対応、子育て支援、地域づくり)という視点で評価すれば、これほど低コスト体制でこれほど多くの要求に応えている非営利セクターはないのではないだろうか。こうした評価の視点は、小泉内閣の保育政策の方針にはない。低コスト体制づくりのための効率化ではなく、保育所本来の機能発揮のための効率化でなければならない。保育の現状についての人権保障・発達保障の視点からの評価を行うことが、規制複和一辺倒の改革に対抗していく上では重要であろう。

   (おかざき ゆうじ/係数大学社会学部)
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