●特 集/構造改革と人権としての社会保障 権利擁護と人権 ー福祉指導監査の現場からー 村本 良生 |
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はじめに 「補助金を水増し!」「入所者の預り金を着服!」「入所者を不当に拘束!」というふうに新聞や雑誌にセンセーショナルに取り上げられる社会福祉法人や社会福祉施設・医療施設があとを絶たないが、法人や施設のこれらの行為あるいは経営者の思考は、直接的また間接的にサービスを利用する人々の権利や人権を侵害していると言っても過言ではない。本稿では、サービス利用者の権利や人権を守るために、どのようなチェック機能が整備されているのか、また、現状はどうなのかを、チェック機能の一つと言える福祉指導監査の業務に携わっている立場から、私見を交えて紹介していきたい。 1福祉指導監査とは (1)福祉指導監査の法的根拠 社会福祉法人・社会福祉施設に対する指導監督については、社会福祉法(以下、法という)第56条で社会福祉法人の一般的監督が、法第70条で社会福祉施設の調査が規定されており、その実施主体は、法第56条については厚生労働大臣又は都道府県知事若しくは指定都市若しくは中核市の長であり、法第70条については都道府県知事若しくは指定都市若しくは中核市の長となっている。 また、老人保健施設(介護老人保健施設)に対する指導は、介護保険法第100条に規定されており、実施主体は都道府県知事、保健所を設置する市の市長又は特別区の区長となっている。 これらの根拠に基づいて、石川県内の場合、金沢市内の法人及び施設については金沢市が、それ以外については石川県が指導監査を実施することになるが、児童養護施設のように、金沢市内であっても法人は金沢市、施設は石川県という例外もある。また、介護保険制度が始まってからは、特別養護老人ホームについては、老人福祉法に基づいて金沢市が、介護保険法に基づいて石川県が指導監査の権限を有し、老人保健施設についても金沢市・石川県がそれぞれの立場から指導が行えるなど複雑な仕組みになっている。指導監査及び指導は、国の要綱に基づいて行うことから、その内容については、金沢市と石川県に大きな差はなく、受け入れ側の法人・施設にいたずらに負担を与えるとともに、実施主体間での調整も必要なため、早急に法制度の改善をすべきだと考える。ただ、現場で多少の混乱が生じても、二重のチェックが入り、多くの人 の目に触れるということでは、それなりに意義があるとも言えよう。 (2) 社会福祉基礎構造改革と社会福祉法人への対応 社会福祉法人の審査基準は、国の社会福祉政策の動向、法人等による不祥事の発生状況や監査結果に基づきそのつど改正が行われてきているが、社会福祉基礎構造改革の推進に合わせて、社会福祉法人の公益性を維持していく必要性もあることから、社会福祉法人の審査基準についても次のように改正が行われている。 @ 地域におけるきめ細かな福祉活動を支援するための資産要件の緩和 A 役員が経営章任を負える体制を確立するための役員等執行体制の見直し B 財務諸表の閲覧等、法人の運営に関する情報の開示の推進 この改正が、指導監査ではどういう視点になるかというと、@については、資産が適正に保有されているか、また、不動産の賃借が適正に行われているか、Aについては、役員の定数・構成が適正か、また、評議員会の設置・運営が適正に行われているか、Bは、社会福祉基礎構造改革のねらいでもある規制緩和を担保するものとして重要な意味をもっていることから、開示される財務諸表等の範囲が適正か、自主的な公表が行われているか、外部監査が活用されているか、というふうになる。 (3)指導監査・指導の内容 社会福祉法人に対する指導監査は、運営全般について積極的に助言、指導を行うことによって、適正な法人運営と円滑な社会福祉事業の経営の確保を図ることを目的にしている。指導監査には一般監査と特別監査があり、一般監査については、特に運営に問題が認められない法人については、実地監査を2年に1回として差し支えないとされている。また、特別監査は、運営等に問題を有する法人を主な対象として随時実施することとしている。 金沢市では、実地監査及び書面監査による一般監査を、監査対象のすべてで実施しており、監査率は100%となっている。国は実地監査に対する績和を打ち出しており、現場として実施体制を考えるとそれは有り難いことではあるが、指導監査の目的に立ち返ると、ことこのことに関しては、緩和というよりむしろ強化されるべきではないかと考える。基本は実地監査という姿勢を貫いていきたい。 さて、指導監査の内容であるが、現在の指導監査事項の具体的な内容は、平成13年7月の厚生労働省局長通知別添「社会福祉法人指導監査要綱」に定められており、その基本方針は、同じ時期に出された厚生労働省局長通知「社会福祉法人の認可等の適正化並びに社会福祉法人及び社会福祉施設に対する指導監督の徹底について」に示されている。 社会福祉法人指導監査要綱に定められている項目をあげると次のようなものがある。 @ 組織運営 定款、役員、理事、監事・監査、理事会、評議員・評議員会、登記 A 事 業 事業一般、社会福祉事業(運営状況、事務手続)、公益事業(必要性、収益の処分)、収益事業(必要性、事業内容、収益の処分) B 管 理 人事管理、資産管理、会計管理(予算、会計処理、債権債務の状況、決算及び財務諸表、寄付金、利用者預かり金) C その他 情報提供、サービスの質の評価、苦情解決の仕組み、防災対策等 また、社会福祉施設指導監査事項(共通事項)としては、次のようなものがあり、この他に各個別法ごとに着眼点が定められている。 @ 適切な入所者処遇の確保 入所者処遇の充実、入所者の生活環境 等の確保、自立自活等への支援援助 A 社会福祉施設運営の適正実施の確保 施設の運営管理体制の確立、必要な職員の確保と職員処遇の充実、防災対策の充実強化 なお、介護保険施設等については、別途介護保険施設等指導指針が定められ、サービスごとのチェックポイントも示されていることから、それに基づき指導が行われている。 2 権利擁護と人権にかかる監査の 視点と現状 (1) 身体拘束の廃止 身体拘束については、介護保険制度によって禁止規定が設けられたが、厚生労働省が身体拘束ゼロ作戦推進会議を設置し、身体拘束ゼロマニュアルの普及を図ることで廃止への取り組みが本格化した。平成13年度には、国の指導事項の中でも最重点事項としてあげられており、チェックポイントも強化されている。 身体拘束廃止のために、まずなすべきこととして次の5つの方針が掲げられている。 @トップが決意し、施設や病院が一丸となって取り組む A みんなで議論し、共通の意識を持つ B まず、身体拘束を必要としない状態の実現をめざす C 事故の起きない環境を整備し、柔軟な応援態勢を確保する D 常に代替的な方法を考え、身体拘束をする場合は極めて限定的に この5つの方針には、それぞれ納得するところがあり、今思うとあそこは(彰が、あそこはAが、という具合に、施設の不十分だったところが改めて見えてくる。 指導監査の業務に就いて日も浅いので、これまでの実態はよくわからないが、チェックポイントに示されているような身体拘束禁止の対象となる具体的行為については、以前よりは減っていると言えるのではないだろうか。悪く考えると監査の日が事前にわかっているので、その日だけやめているのではないかということも言えようが、正直に受け取るなら拘束された利用者をみることは稀であり、その理由も納得できるものが多く改善が進んでいる印象を受けた。身体拘束を完全に廃止することはなかなか困難であり、国の方針に異論を唱える人も見られるが、身体拘束のとらえ方、緊急性ややむを得ない場合のとらえ方が人によってさまざまであることが簡単に廃止できない理由ではないだろうか。人と人の関わりであるだけに単純にマニュアル化できないが、もう少し、先進的ではないごく普通の施設が無理なく取り組めるような、そして現場の実態を考慮した手引きみたいなものができたらいいなあと思っている。ひとつ残念だったのは、応対した職員や家族の言い分もわかるが、家族の申し出を受けて言われるままに身体拘束を行っていたケースがあったことだ。介護福祉士という資格を有している人の対応だっただけに、専門職とは何か、介護職の専門性とは何かを考えさせられた場面であった。 (2)帯瘡の解消 身体拘束と並んで褥瘡解消も、国の指導では最重点項目の一つになっている。褥瘡になっている人の数は多くはないが、苦痛や合併症を考えるとやはり完全に解消することをめざす必要がある。 褥瘡の発生時期としては、入所前の在宅時、入院中、施設入所後が考えられ、入所前あるいは入院中の場合は、早期治癒をめざしてケアを行うことになろうが、ここで開港とされているのは、施設入所後に発症するケースである。大半は、発赤が出現した時点でケアが強化され、大事に至らないが、一部で対応が不十分なため、褥瘡へと悪化する場合がある。体力が弱っている場合は、特に治癒するまで時間がかかるので防止に努めることが肝要であり、また、痴呆のある場合は本人からの訴えが不十分なので、細心の注意を払う必要がある。記録に褥瘡発症の原因が記載されていて、それがケアの内容による場合は、その後ケアがどう対応したか注目するのであるが、中にはまったく対応が変わっていないところがある。原因を明らかにすればそれでいいのではなく、原因を解消しようとする取り組みが必要なのである。物言えぬ入所者に長期間 にわたって苦痛を与えることなどもってのほかであろう。 (3)事故防止と事故報告 事故については、本来、防止に努めるべきものであり、もし発生した場合には速やかに必要な措置を講じなければならない。これまでも、事故については、市町村に届け出ることになっていたが、介護保険制度において「事故発生時の対応」という形で人員、設備及び運営基準に明記されたこと、また、情報開示や苦情解決との関連から、施設側の取り組みもこれまで以上に進んできているといえる。 施設内であるいは人のいないところで起きる事故について、その経緯は、事故報告書、日々の記録、本人や家族からの情報で判断するしかない。事故報告書や日々の記録にしても、事故の受け取り方(発生原因、程度等)が施設によって異なることから、事故報告書が、年間で数枚しかない施設がある一方、分厚い束が数冊ある施設があるなど、ばらつきがみられる。多様な記録が整備されている施設は、事故報告等の記録もきちんとしているが、記録が不十分な施設は事故報告も不十分ということで、報告書の量だけで評価できない難しさがある。 また、事故に対する意識の違いは、改善へ向けての取り組みの違いにもなっている。リスクマネジメント委員会や事故対策委員会を設置し事例検討を行い再発防止に努めている施設、事故の発生時間、発生原因や内容等を統計化し分析を行うことで再発を防止しようとしている施設がある一方、事故報告書の記載内容も不十分で、原因の究明や再発防止の方向性を見出すこともなく、再発をくりかえす施設がある。 市町村への届け出については、現状では施設の判断にゆだねているところが大きいが、「どの程度の事故だったら届けなければならないのか」という施設側のとまどいもあり、またそれに対する市町村側の明確な解答もないため、届け出のガイドラインを早急に作成する必要があると思われる。 保育所の事故は、たとえちょっとした擦り傷でも保護者に連絡が行くが、高齢者の場合は、骨折や救急車で澱送されて命が気遣われてはじめて家族へ連絡が行くという実態もある。子どもとお年寄り、適所と入所、施設と家族との関係ということでの違いはあるかもしれないが、苦情として表面化して初めて対応するのではなく、子ども、お年寄り分け隔てなくすべてのサービス利用者が安心してサービスを利用することができるよう、日常的な事故防止と発生時の的確な対応に取り組んでほしいと思う。 (4)苦情解決体制 苦情解決は、社会福祉法第82条で「社会福祉事業の経営者による苦情の解決」として規定が設けられたことから、その体制の整備が進められているものである。体制の整備については、厚生労働省が指針を示しており、また、石川県運営適正化委員会が研修会を開催し、その普及に努めているが、法の規定そのものが努力規定であるため、まだ徹底していないのが実態である。 苦情解決制度の必要性については、介護保険事業者ではかなり認識されているが、保育事業者ではまだ十分とは言えない。ライフデザイン研究所が2001年7月に実施した調査によると、保育関係者の9割が苦情解決制度を「自分の園に必要」と考えているという結果が出ているが、指導監査で話を聞いている範囲では、とてもこの数字を鵜呑みにできないと思う。 「何かあれば送迎時に話をする、話をすればいい」「連絡帳に書いてもらっている」「意見箱を置いている。」などなど。いつも顔を合わせているのだし、苦情解決という改まった形にしなくても、言いたいことがあればいつでも言ってくれればいいというのが多くの人の意見である。保護者からの申し出があればすべて苦情処理の仕組みに基づき対応している保育所もあり、「苦情とは何か」がもう少し明確になれば、取り組みが広がるのではないだろうか。 苦情解決体制をみると、苦情解決責任者や苦情受付担当者の設置はほぼ適正であるが、第三者委員については、未設置や適切でない人選も見受けられる。苦情解決というと評判の低下を心配する事業者もあり、それが制度を形骸化させている一因でもあると考えられるが、体制を整備し、ルールに則って苦情処理をすることは、逆に「福祉サービスに対する利用者の満足を高めること」につながるということを知ってもらいたい。 また、利用者への周知については、介護保険サービス事業者はおおむね適正に行われているが、それ以外のサービスでは、施設によりかなり差がみられる。現在、ポスター掲示、文書の配布、広報紙の活用、家族会・保護者会での説明、意見箱の設置等さまざまな方法がとられているが、制度発足時だけでなく継続的に取り組んでいく必要がある。 (5〉 情報の開示 情報の開示については、一部の法人・施設で施設内に掲示したり広報紙を活用する形で積極的に行われているが、一般的には事務所に事業報告書や決算財務諸表等が保管されており、開示を求められたら開示するという姿勢である。「誰に、どこまで見せればいいのか?」「誰がこんなものを見るのか?」という想いもあり、開示の基準が明確になっていないのが実情である。 これについても、介護保険サービス事業者と保育所・措置施設では温度差がみられる。介護保険サービス事業者では、契約による事業者の責任ということで、情報開示は当然という考えがあるが、保育所や措置施設ではまだ、積極的に開示しようとしているところは少ない。 権利擁護と人権を守るために必要な情報が、利用者のプライバシーを守るためという理由から逆に開示されないということも考えられるが、外部の者がサービスの状況を知るには法人・施設の有する情報が最も信頼できる情報であることから、開示の基準を明確にし、事業の透明性を積極的にアピールすることで、事業者としての信頼を高めていってもらいたい。 まとめ 金沢市は、平成8年4月の中楔市移行にともない指導監査業務を担当することになった。現在、福祉指導監査室には4人の職員が配置され、社会福祉法人・施設の指導監査、老人保健施設の指導にあたっている。実地監査は通常2人1組で行い、これに必要がある場合は所管課の職員が加わる。 監査の結果については、軽易なものについては現地指導ということで、その場で改善を求める。あとはこれまでの改善状況や指摘事項の重要度に応じて文書で改善報告を求めるものと次回の監査時に改善結果を確認するものに分けて指導を実施している。 社会福祉法人といっても保育所から特別養護老人ホームまで、経営している事業は様々であり、規模も小規模の保育所だけというところもあれば、大規模な施設を複数経営しているところまでとこれまた様々。こういう状況では、一律的な指導は困難であり、法人の事情やレベル、また、改善の到達度をそれぞれ勘案しながら、全体のレベルアップを図っていく指導が求められていると言えよう。 金沢市では、今後も効率的かつ的確な助言・指導を行っていくために、運営の指針となる「社会福祉法人・施設運営の手引」を作成した。これは、実地監査の中で、特に質問が要せられたもの、あるいは整備状況の不備が目立ったものを中心に、法人運営、会計・契約、施設管理、労務管理など特に注意すべき点について、必要な規程類、関係様式や関係法令通知等を掲載したものである。 これまで、金沢市では冒頭に掲げたような祥事が起きていないことはまことに幸いであり、今後も「社会福祉法人・施設運営の手引」を活用し、市民から信頼される健全な社会福祉法人の育成に努めていきたいと考えている。 (むらもと よしお/金沢市福祉指導監査室) |
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