『医療・福祉研究』No6 Dec.1993
仰特集/保鍵・医療・福祉と地域づくり
地域福祉の拠点づくり
一金沢市の善隣館を調査して−
北陸婦人問題研究所 谷 口 妙 子
 最近新聞紙上では、「高齢者社会に新作戦」「善隣館を再生」などと、いろいろ善隣館が取り沙汰されています。 高齢者社会を迎え、金沢市では戦前からある善隣館を地域福祉の拠点にしようという試みがなされています。

 また、山出市長も「善隣館ルネッサンス」と名付け、かつての善隣思想を甦らせようとしています。 旧いイメージを持つ善隣館がなぜ、今、クローズアップされてきたのでしょうか。 私達は善隣館の歴史的背景を追いながら、自分達の目でその実情を見てみようということで聞き取り調査をしました。


 善隣館について


 大正〜昭和にかけての経済恐慌は、不景気、失業者の増大、一家心中など社会情勢の深刻
化を生みました。

 しかし、当時は公的救済制度は乏しく、とりあえず自力による解決策として善隣の好意による相互扶助と無報酬の民間協力として発足した方面委員(石川県は社会改良委員、昭和3年から方面委員)の方々の自主的な活動拠点として、地域の篤志家の寄付などによって設立されたのが善隣館です。(全国的には隣保館)そして.、金沢の特色として活動の実践を支えた療神か善隣患想でした。                
 
 昭和9年9月、野町方面委員部の安藤謙治氏らによって第一善隣館が設立されました。

 創設者の安藤氏によれば「建設の根本精神は、庶民階級に対する福利増進と精神的教化運動であり、善隣思想の実践を計ることである」と述べています。すなわち、社会福祉と社会教育を兼ね備えている、ということです。

 善隣館は各地域の方面委員の方々によって、その活動拠点、社会事業施設として市内各地に建設されていきました。(戦前は17館、戦後は2館。現在活動しているのは12館)活動については、社会調査や生活状態の調査が大きな仕事ですが、昭和初期には託児(保育)・授産・相談などが中心であり、戦中は戦時体制下、軍事援護関係事業が中心で、戦後はベビーブームや女性の社会進出で保育所が不足し、昭和26〜27年には善隣館が社会福祉法人となって保育所経営が盛んになりました。

 しかし、世の中の落ち着きとともに授産事業は廃止され、国民皆保険により経費診療も廃止され、保育所経営が主体となりました。活動の停滞期を経て、昭和62年から地域デイサービス事業が開始され、現在7館で行われています。


 調査について
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 調査項目の中から運営体制、活動内容、活動上の問題点、将来の展望、調査を終えてのについて報告させていただきます。

 運営体制について善隣館の財政を支えるのは、金沢市や社会福祉協議会の委託事業費、基本財産の土地・建物の賃貸料、共同募金の配分金などで、いずれの善隣館も財政難とのことでした。職員体制では、兼務がほとんどで(社協、民協、保育所など)職員の人件費も事業費の中から支給され、身分保障もなく、ボランティアに近いというところがほとんどでした。

 建物は善隣館として独立しているところもありますが、公民館、文化センターなどとの共同のところも多く、民生委員の方々を中心として、地域(校下)ボランティアの人達が活動を支えていました。
*活動内容について
 
 地区社協の委託事業や心配ごと相談、地域によってはボランティアによる食事サービス・ひとり暮らしや高齢者への弁当宅配サービス・一声運動・機関紙の発行などが行われています。また、市の委託事業である地域デイサービスが7善隣館で実施され、これらのデイサービス事業の介助体制は善隣館が福祉の場を提供し、福祉公社(第3セクター)がマンパワーを派遣しています。

*活動上の問題点
1人600円(給食なし)の運営費では苦しいが、年金生活者が多く、国や県の補助が望まれることや、重度の痴呆の方や寝たきりの方をどうするのか、スペースの確保、人件費の捻出など切実な問題としてあげられました。
*将来の展望
 
 児童減による小学校の空き教室の利用やお風呂の回数を増やしたい、介護職員はすべて地元採用にしたいなどがあげられました。また、保育所の併設によって三世帯交流が大きな成果を上げているとの意見も出されました。

*調査を終えての感想
 財政面では活動資金不足に驚き、寄付と奉仕に頼らざるを得ないという実情が窺えました。施設面では、マスコミで取り上げられているのは活動も盛んであり施設も整っているところで、善隣館の格差が大きく、老朽化や狭さなどが指摘されました。
 
 活動面では、デイサービスについて次のような多くの感想が出ました。身近な地域利用は便利で安心であるが、世間体からか近くの人は利用しないというところもあり保守的な一面を垣間見る思いがしました。

●ショートステイの設置や利用時間の延長などが望ましい、との一方で、介護する家族にとっては少しの時間でも休息がとれることや、家族では難しい外出行事などには喜びの声が聞かれました。

 小学校の空き室利用で小学生もふれあいの中から様々なことを学ぶ場となり、中高生になってのボランティア活動に繋がるのではないでしょうか。すべての館でバリアフリーが採用されるこ
 とが大切です。しかし、設備の格差が余りにも大きく均等な福祉といえるのか疑問です。

●デイサービスは在宅福祉の一部であり全てではありません。訪問看護制度や24時間体制のホームヘルプ制などの充実を望みたいと思います。
 
 運営面では、善隣館と地区社協との関わりがわかりにくく、善隣館・民生委員の存在があまり住民に知られていません。もっとPRが必要なのではないでしょうか。


 ま と め


 在宅福祉の充実を目的としたゴールドプランにそって、在宅福祉の拠点にしようと位置づけられた善隣館です。急速な高齢化社会となり福祉ニードが多様化し、地域でのよりきめ細かい福祉ニードに対応するために、地域の資源、すなわち場所や人を使うことは必要ですし、一人ひとりの協力も必要です。

 そこで善隣館の有効活用が問われるようになったわけです。
 昔は貧しい人が対象でしたが、現在は平等に福祉を受ける権利があるわけですから、民生委員や一部の人達だけが関わる場所ではなく気軽に利用できる場所であることが大切です。

 そのためには、創設からの貧民救済のイメージの強い「善隣館」の名前に拘らず、むしろ「福祉会館」や「福祉センター」などの方が分かりやすく、地域福祉(福祉、保健、医療)の窓口一本化に対応しやすいのではないでしょうか。

 これからは行故による財政的裏付けのある事務局機能を備え、その上で、地域の自主的な活動が支援されることが大切だと思います。

 これらが安心して老いることのできる支援体制になるのかどうか、また、利用者の価値観も多様化する中で、十把ひとからげではなく、一人ひとりが人間として専垂され人権が守られることが大切であり、ハード面と共にソフト面・携わる人々の教育も大切です。 単に過去を挺らせるのではなく、時代の流れにそった新しい善隣思想を福祉に生かせればよいのではないでしょうか。

 地域に住む一人としてどのように関わっていくか、これから考えていきたいと思います。
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