−<特集>介護保障と介護保険 介護保障と重度障害者 鳥 居 摂 子 |
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はじめに 一本稿の目的一 近年、人口の高齢化と核家族化の急激な進行に伴い、「介護」の問題がクローズアップされてきている。 しかしこの問題は重度の「障害者」にとっても、地域社会における「自立」生活を営む上で重要な問題である。そこで、障害を持つものにとっての「介護」保障の必要を、現在国会において継続審議中の「介護保険法案」に照らして考察するのが本稿の目的である。 ところで、介護という表現であるが、これは通常、高齢者に対して使用され、障害を持つ人々の場合は、「介助」という表現がされている。しかし、その内容の相違は表現を変えるほど大きいものではないし、後者はそれほど一般的な表現とはいえないことを鑑みて、本稿においては「介護」で統一することとする。 1.介護の現状 現在、生活上何らかの介護を必要とする人は全国で高齢者が200万人、重度障害者が約170万人いるとされる。そして、そのほとんどの場合、介護者は家族であり、特に女性が介護者となっている。 彼らの多くが利用している公的サービスとしては、入浴サービス、および週2−3回(1回につき2〜3時間程度)のホームヘルプなどがある。しかし、家事を中心に行なうホームヘルパーに比して、介護を中心に行なうホームヘルパーは少なく、従って多くの高齢者が「寝たきり(=寝かせきり)」となる。また、障害が重度になればなるほど介護者が必要であるが、介護の手が少ないため、ほぼ24時間車椅子に乗ったままの生活を強いられるケースもある。 では、施設に入所すれば解決するかというと、まず、施設そのものが不足しており、入所までに2年3年と待機させられることもまれではない。仮に入所できる施設があったとしても、現在居住している地域から離れなければならないことも多く、「どの施設に入るか」に関する選択権の行使は制約されてしまう。さらに、入所すると、今度は「団体生活」のため、何時に起床し何時に就寝するか、などの自由、すなわち自己決定権の行使を制約されるのである(参照、r「寝たきり老人」のいる囲いない国」ほか)。これらは、施設の建築基準や職員配置基準が低劣であるために起こる。また、ウイルス感染症が発生した場合、常勤医がいない施設ではすぐ大流行することになる。 その結果、我が国では、施設なり在宅で介護されるべき高齢者が、「社会的入院」を余儀なくされ、本人の意思が無視されるばかりでなく、国民全体の医療費を押し上げることにもつながっている。 在宅の障害者についてはほとんどの場合、配偶者がその介護を行なっている。ただし、これは身体障害を持つ者についてであり、また、障害を持つに至った年齢が幼児期であればあるほど、その介護は両親・兄弟姉妹にかかり、特に母親から介護を受けている場合が多い。また、介護を受ける者が年齢を重ねるに従って介護負担も増加していく傾向にある。その理由としては、被介護者たる障害を持つ子の年齢があがるにつれ、親も高齢となり、体力的に無理が生じること、常時介護を必要とするような重度の障害を持つ者は、無収入状態に置かれ、家族以外の介護者を自分で探すということが極めて困難になることがあげられる。また、入洛サービス・ホームヘルプサービスなどにしても、「高齢者」を対象としていることを理由として、障害を持つ人についてはサービスの利用が出来ないこともある。その結果、親への負担はますます重くかかることになる。 言い換えれば、重度の障害を持つ者が街に暮らす、すなわち自立生活を営むためには介護者の助けが不可欠であるが、それを行なうために必要なだけの介護保障、特に、介護者の質・量の確保はなされているとは言い難いのが現状である。すなわち、介護を受けるのは高齢者に限らないし、むしろ潜在的な需要としては障害者の方が深刻であるが、必要な人が必要な質・量の介護を保障されていないのである。 では、この現状を解決するに当たり、どのような形が成立しうるであろうか。諸外国の例を見ると、大きく分けて、次の3つのシナリオが考えられる。その1は、北欧スタイル(公的サービスを充実し、財源は租税から拠出する方法)である。これは、「すべての人に」という観点からいえば最も理想的な解決方法といえよう。しかし、我が国ではこの方法については「増税につながる」として反対が根強い。その理由は、税負担に比較して国民生活水準が必ずしも一致しているとは言い難いこと、そして、北欧における税負担について一種の「誤解」が生じていることであろう。その2はドイツスタイル(国民骨加入の保険制度により財源を賄い、サービスの供給は政府・地方自治体および私的な企業体によるものも認める。また、サービスのみならず現金給付をも認める)である。ただし、現金給付には「給付した現金が介護に使われるとは限らない」という問題が残る。その3はアメリカスタイル(すべて国民任せ=寄付とボランティアでまかなう方法)である。これは結果として、多くを持つ者は多くを受け取り、わずかしか持たない者はわずかしか受け取ることができないことになる。そして、我が国の場合、これを採るとすると、曲がりなりにも全ての人に対して医療を受ける権利を保障してきた健康保険制度が破壊されることになる。 我が国で「現状の制度を維持しながら、なおかつ介護の需要にこたえる」ことを目的として、「介護保険制度」が浮上してきたのは、このような事情があるからである。 2.日本の介護保険制度集 一介護保険法案を軸に− そこで、我が国の介護保険法案をみてみることにする。まず保険者は市町村及び特別区である。これは地方分権化の中で設定された。被保険者は40歳以上の者である。これを65歳以上とそれ未満とにわけ、前者を第1号被保険者、後者を第2号被保険者とする。 この介護保険から受給が出来る者は、被保険者であって、老化に伴い介護が必要となった者(要介護者)か、身体が虚弱であるため支援が必要な者(要支援者)である。 また、介護保険によって受けられるサービスは、ホームヘルプ、デイサービス、リハビリ、ショートステイ、訪問着護、福祉用具、痴呆症患者対象グループホーム、住宅改修、訪問入浴、医学的管理、特定施設入所者介護、ケアマネジメント(以上在宅介護。24時間体制を視野に入れる)、特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養型病床群(以上施設介護)を基本とし、地域の実状に応じ独自のサービスを付加することができる。 保険の費用負担は被保険者と公費で折半する。第1号被保険者については所得段階別の定額保険料を市町村(事業主体)の責任で徴収し、老齢年金受給者でも一定以上の額を受給している場合、年金からの特別徴収がある。また、保険料納付義務は本人にあり、主たる収入が年金しかない者にとっては、支出増となってしまう。また、未納の場合は支給水準・量の引き下げもありうる。 第2号被保険者については医療保険から一括納付されるが、その分は介護保険料として徴収される。となると、医療保険の未納に対して督促等が強化されることが予想される。 これらは、ドイツで実施されている介護保険制度をもとに構想されていると言われているが、それは真であろうか。 3.介護を保辞する制度 一日本とドイツとの比較一 実は、特に重度の障害を持つ人に対する介護の保障という面から見れば、ドイツにおける介護保険制度との間には大きな差がある。ドイツの介護保険制度の特徴を見てみると、以下の点があげられる。 @連邦社会扶助法上の介護手当、補充的超過手当に加え、介護保険の受給資格があれば、介護保険からも給付が受けられる。 A要介護と判定されれば、たとえゼロ歳児であったとしても、介護保険に基づく保険給付がなされる。ただし、特に重篤な場合に支給される金額を受領できるのは最重度の要介護者の5%までである。「公的介護給付の全てを介護保険でまかなうことができるなどとは考えられていない」。すなわち、元から存在していた連邦社会扶助法上の介護給付の一部を介護保険に移行させたもの、という位置づけである。 B施設の整備は公的負担で行なう。 C「介護の中断」条項の存在(介護者に何らかの支障が発生した場合、代わりの介護者が派遣され、その費用は介護保険から支出。「介護者休暇制度」である。) D介護者の年金保険料は介護保険によって負担(週14時間以上介護しており、就労時間が週30時間以下であることが条件)。また、介護者が家族であっても、その介護者は労災保険の対象(保険料負担なし)となる。 なお、ドイツでは、日本と異なり、専業主婦であるからといって、自動的に「健康保険」の対象とはならない。 などである。 では、ドイツ介護保険に限界はないのだろうか。木下教授によれば、以下のような限界がある。 @法定疾病保険に加入していなければ介護保険給付は受けられない。 A介護保険を受給する場合、一定の加入期間を満たしていなければならない。 B上記4の「介護の中断」について、介護者がそれ以前に1年以上介護を行なっていることが条件のため、介護開始直後に支障が生じた場合、介護保険からは介護の給付が受けられない。 C介護保険給付の上限額では完全な介護を保障することはできない。 (24時間介護を行なう場合、一ケ月2万マルク必要といわれるが、最高で3750マルクしか支給されない) D要介護度に下限があるので、家事だけといった要請には応えられない。 E介護に必要なものしか給付されない。 ただし、それが直ちに公的介護保障の限界を意味するわけではない。というのは、介護基準に満たないもの、あるいはそれを超えるものについては、前にも述べたとおり、連邦社会扶助法上の介護給付の対象となるからである。 これらを考慮して、日本の介護保険構想にみられる問題点をあげてみると、以下のような点が浮上する。 @申請があれば生活保護法上の生活扶助に介護料を上乗せ受給できるが、介護料の存在自体が知られてい ない。また、介護保険では若年要介護障害者は対象外である。さらに、生活保護の受給そのものに抵抗を感じる人が少なくない。 A「介護者の休暇」条項が存在しない B介護者の年金保険料等は負担されない C施設整備などの責任が不明確 ではなぜ、障害をもつ若年者は介護保険構想からはずれているのであろうか。理由としては、これを提言しているのが「老人福祉審議会」だということ、高齢化のスピードが急速にすぎる、介護=高齢者に対するものという偏見、などを挙げることができよう。しかし、最も大きいのは、「高齢は誰にでもやってくるもの、あるいは誰にでもその予見が可能であるが、こと障害をもつということに関しては誰にでも予見が可能というわけではない」という、一般人の認識の差であると思われる。 4.介護の保障とは では、介護を保障するとはどのようなことであろうか。ここでは、「介護を受けなければ生活できない状態に対し、同じ状態であれば同じ質・量の介護が受けられる」よう保障すること、と考えてみる。これは逆にいえば、「介護は、それを必要とする全ての人が必要なだけ受けられなければならない。」ということであり、我が国の介護保険構想のように高齢化に伴う障害のみを対象とするのではなく、たとえ高齢化に伴う障害でなくても必要な質・量の介護が受けられなければならない。 そうするためには、介護の保障は、無差別・平等を第1原則とし、公的財源をもってなされるのが第1とされるべきである。 確かに、保険方式であれば、保険料支出に対するサービス給付という形で保障よりも権利義務関係が明確となろう。しかし、我が国の場合、現在の医療保険制度に関する議論をみても分かる通り、保険が赤字となると保険給付を締めつける、という図式が常に成立する。この図式は最も避けなければならないことである。 これは、いいかえれば、必要かつ医療上認められるべき介護給付が、表向きは介護保険上給付が必要ではないとしつつ、実際は「財源赤字」を理由として受けられなくなる可能性があるということである。 従って、現在の我が国の状況からみると、介護保険を導入すれば、介護の問題は全て円満解決するとは思われず、特に現構想が実現すると、若年障害者は、介護が必要な場合にさえ、「若年者である」ことを理由に介護給付を拒否される可能性がある。また、施設・制度の整備責任も不明確であり、保険給付と公的施策の狭間に落ち、どちらからの支援も受けることができない人が多数出てくることが考えられる。 結局、ドイツと北欧を含めた介護保障をめぐる共通の「国際的潮流」を見出すとすれば、公的かつ平等な、在宅で24時間介護の保障と、施設介護についての生活施設化と個室保障(であって、それは高齢であると障害をもつ若年者であるとを問わず、必要な介護を必要なだけ保障するということなのである。 5.介護を受けるという「権利」 一保険技術になじむか?− 以上のことから、介護受給は「権利」であるということができる。では、介護受給「権」というものは、保険技術によって保障しうる性格の権利であろうか。 これを考える歳に重要な点は、「誰でもが要介護となる可能性を持つ」ということである。そして、介護を受けざるを得ない状態とは、すなわち社会的弱者の立場におかれることを意味する。 確かに、保険方式を取った場合、先に述べたように、租税月武課方式で行なう場合より保険方式の方が負担者一受益者の図式がはっきりすると言われている。しかし、このことは裏を返せば「負担せざるもの受益すべからず」ということになるのであり、そうすると「そもそも若年障害者の場合は負担できないのである以上受益できない」ということになってしまう。これでは、「介護の保障」のあるべき姿とは矛盾することになる。 また、介護保険を導入することで、かえって手続きが煩雑になってしまうのではないかという疑問もある。というのは、ドイツの介護保険では、先にも述べたように、社会扶助の一部を介護保険に肩替わりさせただけであるから、介護保険で給付する部分とそうでない部分を分別した上で、給付をしなければならない。これはドイツ介護保険制度のジレンマであって、例えば、健康保険(ドイツ疾病保険Krankenversicherung)と介護保険の関係や社会扶助(特に障害者扶助BSHG39条)と介護保険の関係に顕著に現れてくるのである。 従って、介護を受給する権利を保障するためには、少なくとも現在審議されている介護保険構想案では不十分であって、介護を必要とする者全てに対し必要な質・量の介護を保障する形であるべきであろう。 追記 本稿執筆中の5月、実質的議論が見えないまま介護保険法案が衆議院を通過し、現在は継続審議となっている。 参考文献 ・大脇雅子ほか『介護保険?家族保険!−一人ひとりの生き方と生涯保障−』1996年4月、法政出版 ・相澤輿一「社会保障の保険主義化と公的介護保険」1996年5月、あけび書房 ・ヤコビ,フオルカー「知的・精神的障害者とその権利一研修と実務の手引−」(翻訳)1996年3月31日、早稲田大学比較法研究所 ・木下秀雄「ドイツの介護保障と介護保険」『週刊社会保障』No.1847pp.22〜PP.25 (’95年7月17日) ・土田武史「ドイツ介護保険の現金給付」『週刊社会保障』No.1879pp.46〜PP.47 (’96年3月11日) ・松本勝明「ドイツ介護保険法一介護サービスの提供と質及び経済性の確保−」『週刊社会保障』No.1878〜1881 (’96年3月4日〜25日) ・「日本の身体障害者一平成3年度身体障害者実態調査報告−」厚生省社会・援護局更生課 監修 第一法規 (’94年3月) (金沢大学社会環境科学研究科博士課程) |
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