−<特集>介謙保障と介護保険

ドイツ介護保険の現状と課題
                  瀧 澤 仁 唱
T はじめに

 第140通常国会において、介護保険法案が衆議院で可決され、参議院では継続審議となった。この介護保険の基になったと喧伝されている(1)ドイツ連邦共和国の公的介護保険(2)
は、1995年4月1日より在宅の要介護者に給付され始め、1996年7月1日より、施設入所者にも給付されるようになった。本小塙においては、ドイツの制度の簡単な紹介を行うとともにドイツの抱えている問題を紹介することにより、日本の介護保険制度案の問題点をさぐる一助にしたい。

U ドイツ介護保険制度の現状

 ドイツの介護保険について概略(3)を示せば以下のとおりである。

1 社会保障における介護保険の位置
 ドイツの介護保険制度の紹介で最も問題となるのは、介護保険制度が介護保障制度のすべてであるかのように紹介されているものがある点である。ドイツの介護保険制度は要介護障害者に対する社会保障制度の中の介護保障制度の一環にすぎない。介護保険給付の対象と認定されれば、原則として介護保険給付がなされる。しかし、介護保険が給付されても介護費用が不足するときは、自己負担となるが、要介護者に支払い能力がなければ生活扶助(日本の生活保護に近いが、給付内容の質と量が違う)による上乗せがあり、原則的に介護費用の上限がない。また、介護保険が給付されない軽度の要援護者に対しては、世話法(Betreuungsrecht−1990年9月12日の成年者のための後見及び監護法改正法一世話法と略称。1992年1月1日より施行)による世話人の世話がなされる。種々の問題点があるにしても、障害者にはそのような介護及び世話がなされている現状があることに注意されたい。

2 障害者と介護保険
 ドイツの介護保険制度の紹介で問題となるのは、障害者に対する社会保障制度の不正確な理解により、介護給付のみが強調され、障害者の社会的統合のための制度である点が無視ないし軽視されている点である。ドイツの介護保障制度は、要介護障害者を社会に統合する制度の一環であり、リハビリ(社会復帰、復権)がその根底にある。結果として要介護状態が続くにしても、社会参加をはかる方策がとられる。それゆえ、障害者一般に対する原則である、障害の原因のいかんを問わず、緊急の援助がなされなければならないとする「最終責任の原則」、第二に避けうる障害の影響をできる限り除くという「可能な限りの早期介入原則」、第三に個々の障害者の具体的な必要性に基づく手段を講じるという「個別援助の原則」も適用されるのである。

3 ドイツ介護保険制度の概要
 ドイツの公的介護保険制度では、介護は種々のハンディキャップから生ずるニーズを充足することが基本になる。それゆえ、受給者は高齢者ばかりでなく、子どもを含むあらゆる年齢階層の要介護者がその対象となる。財源は保険料であり、被用者の保険料は労使折半される。給付は介護保険金庫により行われる。1995年1月1日から強制加入している被保険者は、待期間なしに受給権が発生し、1996年1月1日以後の加入者は、所定の期間被保険者であれば、受給権が生じる。この期間は毎年1年づつ増やされ、2000年から5年になる。これは難民の介護保険給付を制限するためと言われている。子どもは、両親のいずれかが資格期間を満たしていれば受給資格が生じる。
 給付は、予防とリハビリテーションが看護に優先し、在宅介護が施設介護に優先するという二つの原則により運営されている。また、「介護保険給付は、介護費用の全額を賄うことを狙っていなく、家族が提供する介助の補充程度を提供するだけか、施設介護の費用負担を軽くすることにある」(4)というように介護保険がすべてをになうわけではない。
 介護は3等級に分けられ、それぞれの等級において必要とされる介護が要介護者に給付される。
 介護等級が軽度要介護者であり、身体介護、食事またはその他の日常生活動作のうち、2つ以上の日常の生活動作において少なくとも1日1回の介助を必要とし、さらに週に数回は家事の介助を必要とする者である。
 介護等級が重度要介護者であり、身体介護、食事またはその他の日常生活動作のうち、2つ以上の日常の生活動作において少なくとも1日3回の介助を必要とし、さらに週に数回は家事の介助を必要とする者である。
 介護等級が最重度要介護者であり、身体介護、食事またはその他の日常生活動作のうち、夜間もふくめほぼ24時間介助を必要とし、さらに週に数回は家事の介助を必要とする者である。
 在宅介護給付のさいの給付金の額は、現物給付では、介護等級が750マルク(1マルクの交換レートは1997年8月8日段階で63.76円だが、購買力平価からすれば1マルク100円程度と考えた方がよいと思われる。)まで、同が1800マルクまで、同が2800マルクまで(但し、過酷な場合には3750マルクまで)認められる。金銭給付は同が400マルク、同が800マルク、同が1300マルクである。現物給付と金銭給付を組み合わせてもよく、介護等級の者が50%の900マルクの現物給付を受け、残りを金銭給付として受け取ることができる。但しこの場合は等級の金銭給付の800マルクの50%の400マルクで合計1300マルク分の給付となる。
 さらに在宅の要介護者は、暦年ごとに4週間までの期間内で、代替介護スタッフに対する費用を受給できる。この給付額は介護等級に関係なく2800マルクまで支給される。
 また、介護補助器具は消耗品が60マルクまで、消耗品以外は10%の自己負担がいるが、1器具ごとに50マルクまで給付される。自宅改造補助は1改造あたり5000マルクまで給付される。
 部分施設介護は、1995年4月1日から給付が開始され、デイケア施設またはナイトケア施設で行われる。介護等級が750マルクまで、同が1500マルクまで、同が2100マルクまで給付され、ショートステイは年4週間の範囲で2800マルクまで給付される。
 入所施設における要介護者に対する給付は、1996年7月1日から給付が開始され、介護等級に関係なく、月2800マルクまで認められるが、介護金庫の年間支出金は各要介護者につき3万マルクを超えてはならないとされる。なお、社会法典第11編43条2項によれば、介護等級の要介護者全体の5%を超えない範囲で介護金庫は月額3300マルクまで介護費用を負担できる。
 公的健康保険にも民間の健康保険にも加入していない2%程度のごく例外的な者を除けば、保険加入義務は全国民に及ぶ。公的健康保険の加入義務者、民間健康保険の加入義務者、家族保険被保険者及び何らかの理由で介護保険の加入義務が発生しないで継続保険の適用対象になる者の四つが介護保険の被保険者となる。しかし、被保険者(保険給付対象者)であっても保険料支払い義務がない者もいる。つまり、所得がないか、所得が健康保険加入義務に満たない家族が、被扶養者として、公的健康保険の強制又は任意の被保険者である場合に家族被保険者となり、保険料免除になる。その一つが被扶養配偶者である。扶養者が介護保険の加入者で、配偶者のどちらかが被扶養者として家族被保険者であったが、離婚後、被扶養者が被保険者になるだけの所得がない場合には、継続保険の適用対象になる。次に、家族被保険者として、被扶養者である子どもも一定条件下では、保険料支払い義務がない。しかし保険料免除になる家族被保険者となる、つまり、親との連帯保険資格があるのは、一般的には満18歳までである。しかし、就職していなければ満23歳まで延長され、学校や職業訓練校に在籍していれば25歳まで延長される。被扶養者として、その者が上の年齢制限内に自活できなくなった場合には、家族保険の適用を受け、保険料免除になる。しかし、就職して、自ら公的健康
保険の加入者となった後で、例えば26歳のときに労働災害や事故で障害者となって自活できなくなっても、保険料の免除が受けられる家族保険の適用者にはならない。この場合に、本人に介護保険の加入義務が発生しなければ、やはり継続保険の適用対象となる。

V ドイツ介護保険制度の同額点

 ドイツの介護保険制度の問題点をあげれば以下のとおりである。

1 財政調整の必要
 介護保険給付を担当するのは疾病金庫(一般地域疾病金庫、職員補充疾病金庫、企業疾病金庫、同業疾病金庫、連邦鉱山従事者組合、農業疾病金庫、労働者補充金庫及び海員疾病金庫)である。このうち、一般地域疾病金庫は最も被保険者が多いが、相対的に年齢が高くて所得の低い者が多いため、介護保険導入初年度の1995年ですでに収入より支出が多く赤字を出しており、連邦鉱山従事者組合も赤字となった(5)。保険原理の当然の帰結であるとしても、保険制度の限界を示すものといえる。

2 要介護者のかたより
 要介護者と認定された者の70%は、一般地域疾病金庫の被保険者であるとされている、というのは結局貧しい者が多いところにしわよせがきている(6)。日本の国民健康保険の財源問題の原因に相通ずるところがあり、日本の法案では市町村が保険者になるから、いっそう問遭が深化するはずである。

3 高齢者へのかたより
 申請人の年齢構成をみると庄倒的に65歳以上のものが多い。ある調査によれば19歳以下が5.5%、20〜64歳が20,3%なのに対し65歳以上が74.2%と圧倒的に多い(7)。

4 要介護度の認定
 却下率が高かったのも特徴である。初年度で在宅介護につき150万人が保険適用の申請をしたが、46万人が却下された(8)。異議申し立てはその一割の4万人が行ったと言われている(9)。ドイツでは要介護状態の等級の認定をめぐってトラブルが絶えない。不況の影響で、いわば「だめもと」で申請した例もあると言われているが、30%近い却下率は決して無視できない数値である。

W 小 括
  −ドイツから日本が学ぶべきもの

 ドイツの介護保険法制を検討して重要と思われるのは、ドイツの現状の稜々の批判(10)をおおいに学ぶ必要があることである。
 初年度の申請で特筆に値するのは、申請者の80%が金銭給付を希望し、次に現金給付と現物給付の組み合わせ給付が11%、現物給付のみを希望したのは9%にすぎなかったことである(11)。家族介護者が現金給付を望んだのは、家族介護者に対して年金保険における年金権の確保がなされたり、フィクションとしての労使関係の成立により介護者が労災保険の対象となるなど有利な法的地位が与えられたからであると考えられる。もちろんすべての介護者にこれが認められるわけではなく、要介護者を職業的にではなく、週に14時間以上在宅介護している者にこの法的地位が与えられるにすぎない(第19条)。しかし、日本の介護保険法案にはこのような制度が全くない。厚生年金保険等の三号被保険者が無拠出のまま将来の年金給付が認められることと、ドイツのこの制度は全く別のものである。日本では、家族の介護者に対する現金給付を全く考慮していない。施設介護のみで介護費用が天井知らずになったオランダの失敗をくり
かえさないために日本の法案では保険給付に上限をもうけている。しかも介護費用の不足分が膨大な個人負担となるのを厚生省のパンフレット類は極力隠そうとしている。不服申し立て制度も不備である。ドイツには不服申立制度の上に社会裁判所があり、社会保障全体にかかわる提訴が一年間に二十万件前後ある。数件しか提訴できない日本の法律や裁判制度の欠陥を考えると、保険だから権利が実現できるなどという一部の主張は楽観論以外のなにものでもない。


(1)例えば、老人福祉審議会の委員がドイツの介護保険(社会法典第11縮)の実施責任者から説明を受けたことについては、毎日新聞「ドイツ介護保険制度の説明を受ける−一厚生省の『老人福祉審議会』」
 1995年11月2日東京本紙朝刊3頁参照。
(2〉厳密に述べれば民間の介護保険と公的介護保険があり、民間の介護保険が公的介護保険の一端をになっている。しかし、本稿では煩雑になるので区別せずに介護保険として紹介する。
(3)単行本による詳細な紹介は、例えば法制度については、本沢巳代子 『公的介護保
 険』 日本評論社[1996年]が、現状については、斎藤義彦「そこが知りたい公的介護保険」ミネルヴァ書房[1997年]、法律の訳書としてはメックス/シュミット榎木真音訳『ドイツ介護保険のすべて』
 筒井書房[1995年〕等参照。
(4)Bernd Schulte,The new sociallong−
 term careinsurance actin Germany
 [1997年4月5日生命保険文化研究所大阪本部での講演]参照。なおこれはベルント シュルテ「ドイツの介護保険法の現状と課題」『文研論集』l19号[1997年]として山本明研究員により翻訳されている。講演原稿の数値と翻訳の数値が違うが、翻訳の数値の方が正確とのことである。
(5)Zeitschrift 軸r Sozialrecht 3/1995S.58.
(6〉本沢前掲書87頁参照。
(7〉1995年1月1日から同9月30日の間のラインラントプフアルツ、テユーリンゲン及びヴェストフアーレンリッペでの申請人の構成。
 Berg/Pick/Schmelzer/Stenner,Epidemiologische und sozialmedizinischeAspektederh如slichen Pflegebedurftigkeit,Die Krankenversicherung(KrV)Januar 1996S.8.
〈8)1995年11月30日までに申請に対する判断が出たのは以下のとおりである。介護等級が489,585人(31.4%)、介護等級が412,530人(26.5%)、介護等級が196,233人(12.6%)、却下が460,222人(29.5%)で、合計1,558,570人(100%)である。Pick/Matthesius,Begutachtung im stationaren Pflegebereich, KrV FebruaI・1996S.42
(9〉朝日新聞1995年10月29日朝刊9頁。
(10〉斎藤前掲書は聞き取りによる問題点が詳細に述べられている。
〈11)KrVJanuar1996 S.8

参照文献
注にあげたもの以外に参照した主なものは以下のとおりである。
Manfred Wienand,Betreuungsrecht,1993Jurgens/Kr6ger/Marschner/Winter−
stein,Das neue Betreuungsrecht,1994Besche,Die neue Pflegeversicherung,Bundesanzelger1994
Peter Trenk−Hinterberger,Die Rechtebehinderter Menschen und ihrerAngeh6rigen,1995
Der Bundesminister fur Arbeit und
Sozialordnung,Ubersicht uber die Soziale
SicheI・heit1991
本書はドイツ研究会訳『ドイツ社会保障総覧』ぎょうせい[1993年]として出版された。しかし、1991年版を基にしたとしながら一部は1990年版が基になっており、わずかとはいえ明白な誤訳もある。特に434頁では「障害児の出生が見込まれる場合でも、人間の尊厳の原理と人間の命の放棄の自由が守られなくてはならない。」(下線瀧澤)という信じがたい誤訳がある。これでは障害児の出生を止めることになり、ナチスの障害者への迫害を反省したドイツが上のような記述をするはずがない。Emtfaltungはどう訳しても「発展」であり、障害者法制の研究者であるバンベルク大学のTrenk−Hinterberger 教授に確認したところ、明らかに誤訳であろうとの話であったことを記しておく。    [1997年8月9日]
           (桃山学院大学)
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