高齢者医療に思うこと
 大 川 義 弘

◎はじめに
 「先生、おむかえはまだきませんか」「入院しているときの患者さんの表情は暗く、在宅にいる時と全然違う」「入院すると身体の動きが悪くなってしまう」「入院してもすぐ退院の話がでる」などと日常の診療の中で見聞きします。どうも高齢者に十分対応した医療が行われているとは思えません(無論、医療だけの閉塞ではありませんが)。医療者として日頃感じていることを整理してみました。

◎現代のスフィンクスの謎
 スフィンクスは旅人に「朝には4本足、昼には2本足、そして夜には3本足となるものはなにか」という謎をかけ、答えられないと旅人たちを殺していたという有名な話があります。老人は3本足というこの西の認識は、「老」という漢字の語源 が図1に示すように、杖をついて腰が曲がっている人からきているという東の認識と通ずるものがあります。

 しかし、スフィンクスの謎かけは現代では「朝には4本足、昼に2本足、夕方には3本足、そして夜には0本足となるものはなにか」となります。同じく答えは「人間」ですが、謎かけが変化したのは現代では最後に寝たきりになってしまうということが大きく問題になっているからです。しかし、人生の最後をいわゆる寝たきりになってむかえる人は全体の数%にすぎず、高齢者の実態については案外と知られていないような気がします。そこで次に私たちの高齢者観について述べてみたいと思います。

◎高齢者観について
 老人差別という意味の『エイジズム』という本の巻末の付録に加齢の事実をめぐるクイズが75間でています。たとえば下記のような問題です。○か×で答えます。
1.少なくとも1割の高齢者は、特別養護老人ホームや養護老人ホームなどの長期ケア施設に入所している。
2.車を運転する高齢者が事故を起こす割合は、65歳以下より低い。
3.高齢者は若い人より家の中でけがをすることが多い。
4.若い人よりも多くの高齢者が(短期)急性疾患にかかっている。
5.高齢者の精神疾患は、その他の年齢層にみられるすべての精神障害の総和より少ない。
正解は1.× 2.0 3.× 4.× 5.0です。
如何ですか。案外と難しかったのではないでしょうか。厚生省の調査では、65歳以上の方の占める割合は外来患者さんの約33%弱、入院患者さんの50%強となっています。医療を行う場合の最大の対象は、現代では高齢者ということになります(小児科や産科は当然除かれますが)。その高齢者に村して一般的にどういう見方がされているのでしょうか。老人に村する固定観念の割合を国際比較した研究が東京都老人総合研究所からでています。
 図2参照に示すように日本人は特に「老人は気むずかしい」とか「老人の大多数がボケる」などの間違った考えを英米人より多くもっており、逆に「親切」「正直」などの認識が少ないという結果になっています。

 その原因がどこにあるのかはわかりませんが、高齢者に対するイメージは高齢社会危機論をふりまく厚生省によって悪くさせられていることは間違いありません。また私たち医療者も病気や障害を持った高齢者をみるとき、その人の身体的・精神的問題点は何かということに焦点を当てそこから出発します。逆にポジティプな面にはあまり視線を向けようとはしません。
1999年7月13日付の朝日新開に 『「老い」は本当は暗くない』というタイトルで東京都老人総合研究所の柴田博先生の調査結果がのっていました。それによると図3に示すように日常生活で自立している高齢者は95%となっています。

 又、国立の老年医学や老化研究のための唯一の施設である国立療養所中部病院の前院長
の井形昭弘先生も、元気な高齢者が増加することは就労や無償労働やボランティアなど社会貢献が増えるという高齢社会の明るいイメージをあげています。「高齢者のための国連原則」の中にも、「自己の趣味と能力に合致したボランティアとして共同体へ奉仕する機会を求めることができる」とか「自己の可能性を発展させる機会を追求できる」という項目があります。しかし、医療現場では「治らない」「退院できない」「医療行為のみではなく介護も必要で大変だ」などと高齢者を否定的に見がちです。私たち医療者は、来世紀には後期高齢者がふえて、「ぼけや寝たきりの老人が増え大変だ」「高齢者はその多くは支援が必要で大変だ」「将来、高齢者が増えてくると若い人の経済負担が大きくなってやっていけなくなる」といったエイジズム的な見方ではなく、正しい高齢者観がもてるようにする必要があります。
 それでは、医療に携わる医師はどういう教育を受けどういう医療を行うようになるのでしょうか、次にみてみます。

◎現実の高齢者医療
 さて、現在の医学教育で高齢者の医学はどのように教育されているでしょうか。全国に医学部は80校ありますが、そのうち老年医学に関する講座があるのは20校にすぎません。老年医学の講座がない医学部の教育は論外ですが、あればよいかというと現在の老年医学はまだ臓器別の医学で高齢者を総合的にみるという視点が不十分です。00大学の老年医学講座といっても循環器・呼吸器・内分泌などと研究グループに分かれ、研究が優先されます。それ故、そこでの教育は純粋に医学的なことに終始します。たとえば高齢者の脳梗塞の特徴は何かということは教えても、いわゆる医学的治療が終わると自分の仕事が終わったと錯覚します(それ以後のことをマネージメントする能力がないことを終わったと錯覚する)。その結果、多かれ少なかれ障害を残す高齢者をほおりだすことになってしまいます。その高齢の方がどういう社会生活を、どういう地域生活を、どういう家庭生活を送ってきたのかまで考えないと、その後の生活についてどういう手だてが必要かということはわかりません。急性期の治療をすれば後遺症を残さず治癒していく成人とは異なり、急性期の治療をしても障害が継続しやすい高齢者は急性期の治療時点から総合的にみていかなければなりません(この点は後の高齢者総合機能評価でまたふれます)。1998年10月に診療報酬の改定があり、70歳以上の高齢者が一般病棟に6ケ月を越えて入院していると「特定長期入院愚者」と銘打たれ、診療報酬がガクンと下がることになりました。以前より長期入院に関するペナルティー的な診療報酬の逓減性はありましたが、それを一層すすめる内容のものです。6ケ月すぎて一般病棟に入院している高齢者は介護を主な理由としていると厚生省は判断していますが、むしろ主な理由は病状の不安定(容易に発熱したり食欲が落ちたりする)なことが多いことと、退院しようにも受け皿がないことなどです。高齢者が入院していることが罪悪のような診療報酬ですから、どの病院も「高齢愚者の追い出し」にかかるわけです。
 無論、現在の一般病棟での高齢者に対する入院医療がいいとは決して言えません。過去(過去といいたい)、大熊一夫氏の『ルポ老人病棟』にみられるように福祉が担うべき部門を屑代わりした医療が寝たきり老人の生きる屍を累々とつくってきたという事実に目をつることはできません。自己決定を一番大事にする「高齢者のための国連原則」では多様性がバラデイムになる訳ですし、そのことは高齢者の特徴のひとつが、「高齢者は社会的・肉体的・精神的に個人差がきわめて大きい」ということと相通ずるものです。高齢者の特徴は何かをきちんと押さえていく必要があります。

◎高齢者の特徴
 高齢者を診療していく上で成人とは異なるいくつかの特徴があります。

 @高齢者は一人で多くの病気をもっています。足がしびれて動かしにくいと訴える高齢者に変形性関節症・腰推管狭窄症・多発性脳梗塞がそれぞれに関与していることがあります。このため高齢者では病気ごとに評価するのではなく総合的に評価する必要があります。

 A病気の症状が非典型的です。筆者が往診していた89歳の女性は、いつも往診の時にはするどい人物評価や世相評価を披露してくれましたが、ある日より寝てばかりいるようになりました。臨時に往診すると呼べば返事をするのですが、とにかく寝てばかりいる状態です。実は急性心筋梗塞による急性心不全だったのです。心筋梗塞といえば胸痛が主症状ですが、高齢者の場合は意識障害ということもあるのです。高齢者医療は包括点数といってどの検査をいくらやろうとも診療報酬は一定という体系にシフトしていっています。しかし、高齢者がいつもと異なる状態になったときにはむしろいろいろな可能性を考え必要な検査を必要なだけ行うべきです。

 B回復が遅く、合併症を容易に併発します。廃用症候群といって安易な安静臥床により、得創・関節の拘縮・失禁・痴呆・鬱状態・肺炎・尿路感染症などをおこします。高齢者を寝かせきりにすることはプラスマイナスゼロではなく、マイナスだということの認識は極めて大事です。そのためには一般病棟での看護婦や介護士の必要充分な配置が必要ですし、高齢者が一般病棟でも最多という現状ではこのことを認識した早期からの対応が必要です。

 C高齢者症候群といって高齢者に特有の病態があります。喋下障害は人類が音声機能を発達させてきたために食物と空気の出入りするところが共通となったことからくる矛盾です。転倒は二足歩行を確立したことの裏返しです。痴呆は生物学的寿命を極端に延ばした事による大脳の老化の顕性化です。尿失禁は発達させた大脳による膀胱支配の破綻です。とてつもなく大きな問題です。人類が人類として発達させてきた機能の矛盾として現れてきていると筆者は考えています。高齢化に伴ってある程度必然的に起きてくるこれらの問蓮に愛情を持って村応し、又人類として解決していく意気込みを持ちたいものです。

 D前項にも述べましたが個体差が大きいことです。日々の積み重ねが70年以上という経過をとれば様々な人を生み出すということは容易に想像できます。入院期間の画一的切り捨て、包括点数、限られた福祉サービスなど、どれをとっても個体差が大きい高齢者への対応という命題とは反対の方向になっています。また2000年4月に施行される介護保険ではどうかといいますと、介護認定でもケア・アセスメントでも主として身体機能障害と問題行動を中心とした精神機能低下のみに焦点が当たり、社会生活的・家庭生活的な面への配慮が不十分です。

 ◎高齢者総合機能評価
 高齢者の入院診療に当たり、当該疾患のみの対応では上記に述べたように高齢者に不利な結果になることがあります。高齢者の特質をふまえ総合的に評価しかつ対応することの必要性が最近強調されていますし、結果的に医療費の軽減になることなどから注目されてもいます。表に「高齢者総合評価」の主な項目をあげています。
 このように病気といった身体的状況の評価のみならず、どの程度日常生活での動作に支障があるのか(廃用症候群に陥りやすくないか、早期の離床やリハビリテーションの必要性はどうか、転倒の危険性はないか、自宅退院にむけて日常生活上問題になってくることは何かなど)、心理状況はどうなのか(痴呆の程度はどうか、治療や検査などの理解をどう図るか、環境の変化でせんもうになりやすくならないか、痴呆なのか鬱による見かけ上の痴呆なのか、家庭での受け入れはどうかなど)、社会的・環境的にはどうか(家族状況はどうか、主たる介護者は誰か、介護力はどうか、経済的にはどうか、自宅の住居環境はどうかなど)などを評価します。このように高齢者を総合的に評価することは本来高齢者には望ましい入院日数の短縮につながるわけですが、これらの評価を行い実行していく上では看護婦や理学療法士などのマンパワーの充実と関連分野との連携が必要になってきます。
 この高齢者総合機能評価は、入院期間を短くし在宅への移行をスムーズにする目的があるわけですが、在宅医療は高齢者医療にとってまた日本の医療にとってどういう意味をもってくるのでしょうか。

◎在宅医療
 筆者の所属するクリニックは、在宅医療をフルに支援することを第一の目的として設立されました。外来医療・入院医療に次ぐ第3の医療とも言われています。また感染症一慢性疾患一老人性退行疾患という疾病構造の3つの転換から、在宅医療が中心の高齢者医療は第3の医療の波とも呼ばれているようです。第3の医療の波のもつ意味は大きいものがあると思います。つまり病院中心(ということは医療者が中心)で医療機器と高価な薬剤に支えられた医療から、生活援助や人権擁護といった視点をもった在宅医療にシフトすることは、患者さん中心の医療・福祉に転換するということになるからです。エイジズムの克服は第3の医療の中で高齢者を中心に保健・医療・福祉の他職種が連携していく中でなされていくような気がします。そのことは又、病院の急性期医療における高齢者総合評価にフイードバックされ相乗的な効果を上げてくるものと考えられます。医療は高齢者医療を通して他の分野との連携で変化していくものと思われます。
◎まとめ
 高齢者観を見つめなおし、エイジズムに敏感になること。高齢者医療は保健・福祉の分野とのより緊密な連携で生活中心・人権擁護に転換していく必要がある。医療のみでは転換し得ないことを強調したい。

参考文献
1)今堀和友『老化とはなにか』岩波書店、1999年
2)パルモア.AFエイジズムj法政大学出版局、1995年
3)柴田博『元気に長生き元気に死のう』保健同人社、1994年
4)東京都老人総合研究所編『サクセスフルエイジング』1998年、ワールドプランニング
5)小澤利夫ら『高齢者の生活機能評価ガイド』1999年、医歯薬出版社

 (おおかわ よしひろ/城北クリニック)
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