日本における年金保障の現状と課題
国際高齢者年を契機として
田 中 明 彦

はじめに
1999年は、今世紀最後の国連l国際年である国際高齢者年である。奇しくも同じ年に、年金改正法案が145回国会に提出され、2000年1月の147回国会で継続審議中である。高齢社会を迎えた現在、国際的な人権保障の発展をふまえ、21世紀を迎えるにふさわしい年金制度が求められている。しかし、改正法案は、これまでの年金制度のもつ問題点・矛盾を解決するものではなく、一層問題を拡大する内容となっている。
 本稿は、国際高齢者年を契機に国際高齢者年に関する原則をふまえ、日本における年金保障の現状と改正法実の内容を分析し、今後の改正の方向を示そうというものである。

1 国際高齢者年関連文書にみる所得保障の内容と意義
(1)高齢化に関する国際行動計画
 82年の「高齢化に関する世界会議」で採択された「高齢化に関する国際行動計画」は、国連の中でも活動の基本として位置づけられる。前文・序文で、行動計画の名宛人は第一義的に各国政府であるとした上で、「政府…は、高齢者のなかでもっとも傷つきやすい者、とくに貧困者…に村し、特別な責任をもつ」(U.原則の25(m))との原則を示している。勧告36では「政府は全ての高齢者に適切な最低所得を保障するため適切な行動をとるべきである」とした上で、「最低給付水準は、高齢者の必須のニーズを満たし、独立した生活を保障するに十分なものとすること」とする。

(2)高齢者のための国連原則
 91年の「高齢者のための国連原則」は「行動計画」の原則を簡潔に示したものである。独立の原則では「高齢者は、所得の保障と家族および地域社会の支援と自助を通じて十分な食糧、水、住居、衣類、健康へのケアが得られなければならない」(第1)とする。自己実現の原則では「高齢者は、社会の教育的、文化的、精神的そしてレクリエーションに関する資源を利用できなければならない」(第16)とし、そのために十分な水準の所得保障が必要であることを示唆する。で
は「高齢者は、搾取ならびに身体的あるいは精神的虐待を受けることなく、尊厳を保ち安心して生活できなければならない」(第17)とし、生活における自己決定の保障を定める。生活干渉を伴う生活保護ではなく、干渉を伴わない年金・社会手当による所得保障が重要となる。

(3)2001年に向けての高齢化に関する世界目標
 92年の事務総長報告「2001年に向けての高齢化に関する世界目標:実践的戦略」は、「高齢者原則」と合わせて「行動計画」を補完する文書である。「社会基盤に関する国の基本的目標(第16項〉」において、「現在の法律および慣例の中に、高齢者にかんする大きな欠落、矛盾、差別がないか検証し調整するための機構を確立する」(第10)とする。老齢給付と障害給付の供給調整等が問題となる。「雇用・所得保障に関する目標(第22項)」では、「国の経済および社会基盤にふさわしいレベルで、すべての高齢者に所得の保障をもたらす計画または戦略を確立し、強化し、かつ実施する」(第2〉とする。無年金者を生み出すことなく、すべての高齢者に、日本経
済にふさわしいレベルで年金を支給する必要がある。

2 高齢者の所得と年金保障の現状
 高齢者は、他の年齢層に比べて所得が低い。厚生省「平成9年国民生活基礎調査」から、全世帯を4等分した所得四分位階級別に世帯主が65歳以上の世帯をみると、所得の最も低い第T四分位世帯が41.2%と高くなっている。200万未満の高齢者世帯は42.5%にも及ぶ。97年度の生活保護の保護率は、年齢階級別の保護率では60歳以上の保護率は14.79‰と全体6.94‰の2.1倍、世帯保護率では高齢者世帯は41.8‰と全体13.6‰の3倍強となっている。前掲「国民生活基礎調査」によると、「65歳以上の者がいる世帯」の96.5%が公的年金・恩給を受給している。また、「高齢者世帯」の所得をみると、公的年金・恩給が最も多く、所得の62.5%を占めている。さらに公的年金・恩給を受給している「高齢者世帯」のうち所得が公的年金l恩給のみの世帯は56.0%にも及んでいる。

3 年金制度の現状と問題点
(1)国民皆年金の空洞化同額
 59年の国民年金法制走以来、国民年金は、皆年金政策の重要な位置を占め、きらに85年の年金法大改正により基礎年金としてすべての年金制度の基礎的部分に位置づけられ現在に至っている。昔年金といいながらも、国民年金は基本的には社会保険方式を採用しているので、無条件に年金を支給するわけではない。老齢給付についていえば、加入手続きをした上で40年間保険料を納付して初めて満額の年金を支給するに過ぎない。したがって、制度未加入や保険料滞納は無年金を、保険料滞納や免除は低年金を発生させる。ここに、昔年金実現の上での国民年金制度の根本的問題がある。

 @第1号被保険者の適用状況
 総務庁の推計 によると、95年度において第1号被保険者となるべき者のうち、未適用者が8.2%、保険料免除者が16.0%、保険料1年間未納者が10.0%(一部期間未納者を含めると18.1%)存在し、これらの合計は全体の3分の1を超える状態にある。国民皆年金の空洞化というべき事態である。

 A第1号被保険者に係る未加入問題
 社会保険庁「平成7年公的年金加入状況等調査」によると、第1号未加入者総数は158万人である。未加入問題の発生原因は、第一に、未加入者は加入手続きをした1号被保険者に比べ相対的に所得が低いことである。未加入者の未就業者率は43.0%にも及ぶ。未加入の理由で「加入したくない」と答えた人は53.8%に達し、その中で「経済的に困難」が27.3%と最も多い。第二に、制度の広報が不十分であることである。未加入の理由では「届出の必要性や制度のしくみを知らなかった、忘れていた等」が46.2%で、その内訳で「制度のしくみを知らなかった」が34.2%と一番多いのである。

 B保険料の滞納者・免除者の増加問題
 高額な保険料〈99年度で月額1万3300円)が、滞納者・免除者を生み出している。社会保険庁「平成8年国民年金被保険者実態調査」によると、未納の理由の最も主要な理由では、「保険料が高く、経済的に払うのが困難」が55.4%と過半数を超えている。

 C無年金高齢者の発生問題
 老齢基礎年金受給には、最低25年間以上の資格期間を要する。そのため、すでに適用されている被保険者のなかにも、96年度以降の保険料を納付しても老齢基礎年金の受給権が生じない者が3.9万人も存在している (前掲「国民年金被保険者実態調査」)。

 D学生の強制加入に係る保険料負担問題
 前掲「公的年金加入状況等調査」によると、学生の第1号未加入率は11.5%と全体の未加入率8.2%よりも高い。前掲「国民年金被保険者実態調査」によると、学生の保険料納付者は58.5%に過ぎず、未納者が11.2%、免除者が30.3%もいる。さらに、学生の保険料負担状況は、「父母が負担した」が51.7%と最も多く、「自分の収入により支払った」はわずか3.9%に過ぎない。親が保険料の負担を余儀なくされている。

(2)無年金同題
 85年年金法改正により第3号被保険者制度が86年4月に創設される以前は、いわゆる専業主婦は国民年金については任意加入であった。89年年金法改正により学生への国民年金の強制加入削が91年4月に実施される以前は、学生は任意加入であった。そのため、加入手続きをとらずにいた間に障害が生じたことにより、障害給付が支給されないという無年金問題が生じている。とりわけ、学生に関しては、任意加入制の時に、国は制度の広報を怠り、ほとんどの学生が加入していなかった点を考えると、障害給付を支給しないのは不合理であるというべきである。現在、全国各地で学生無年金に関する審査請求事件が起こっている。国民皆年金の意味と国の広報義務を正面から問う事件として注目される。
 また、国民年金は、いわゆる難民条約関係整備法による改正までは、年金に国簿要件を課していた。日本国民と同じように生活する在日外国人にとって、国籍による不合理な差別というべき問題である。国簿条項を問題としたのが第一次塩見訴訟である。さらに、国簿条項が撤廃されたにもかかわらず、経過措置がとられなかったことを問題としているのが最高裁判所に継続中の第二次塩見訴訟である。国籍要件撤廃による経過措置の整備が早急に必要である。

(3)国民年金の水準同題
@低い年金水準
 年金制度の最大の問題は、現実に最低生活を保障していないことである。85年年金法改正で導入された基礎年金は、最低生活保障を立法趣旨としているにもかかわらず、現実にはその機能を果たしていない。「平成9年度社会保険事業の概況」から国民年金の老齢給付の平均年金月額をみると、97年度末でわずか4万7058円に過ぎない。2階部分をもたない国民年金の老齢給付のみの受給者(自営業者等)は、国民年金の老齢給付受給者の65.7%を占めるにもかかわらず、その額はさらに低く4万1725円である。「最低給付水準は、高齢者の必須のニーズを満たし、独立した生活を保障するに十分なものとする」(「行動計画」勧告36)にはほど速い。早急な改善が必要である。

 A供給調整問題
 基礎年金が最低生活を保障していないにもかかわらず、併給調整により年金を支給停止するという併給調整の問題がある。併給調整は年金による最低生活保障を阻んでいる。障害加算制度がないにもかかわらず、障害による特別の出費を保障せずに併給調整を行う点も問題である。
 なお、97年1月の基礎年金番号制の実施により、「複数年金受給者の併給調整が適正に実施」できるようになったことから、過誤払いによる返還請求・内払調整事件が一層増大しているものと思われる。
(4)障害認定の岡題点
 日本の年金制度は、老齢年金を中心に出発したため、障害給付固有の問題性が認識されておらず、老齢給付に従属する形となっている。障害概念については、障害等級1〜2級は国民年金法施行令別表に「日常生活の制限」を、3級は厚生年金保険法施行令別表第1に「労働能力の制約」を基準に、抽象的に規定されているのみである。この基準を具体化し、運用基準を示したものが「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について」(昭61・3・31庁保発15)である。そこでは、障害のとらえ方が狭く、一部、能力障害(disability)のレベルも考慮されているが、実質上は機能障害(impairment)のレベルであり、社会的不利(handicap)のレベルからはほど遠い。また、基礎年金は障害等級が2級までしかなく、重度障害に偏っている点が問題である。
 障害認定基準が、曖昧な上、社会的不利のレベルを考慮していないことから、障害認定に際して問題が生じている。年金に関する不服申立ての動向をみても、障害給付に関するものが最も多く、障害の程度が障害等級に該当するか否かという間遭がその中心をなしているのである。とりわけ、精神障害、知的障害、内部障害に関する認定基準は、生活実態にあわず、さらに他の障害に比べてその運用が一層厳しくなっている。社会的不利のレベルで障害をとらえた障害認定基準が必要とされよう。

4 1999年年金改正法実の内容と問題点
 99年7月に提出された年金改正法案は、財政的観点からのもので、基本的に権利内容を後退させるものといわざるをえない。

 @給付水準の5%適正化という名のもと、大幅な水準の引下げが意図されている。
 A賃金スライド制の廃止は、年金受給者を経済発展から取り残し、生活レベルを引き下げるものであり、国の向上・増進義務(憲法25条2項)の観点から問題である。
 B老齢厚生年金・報酬比例部分の支給年齢の65歳への繰り延べは、年金受給者にとって9.6万円〜648万円の減額になること、60歳〜64歳の有効求人倍率・再就職率の低さ、年金受給と就業との関係 を考慮するとその不合理性は明らかである。
 C賞与を含む総報酬制の導入は、賞与が支給されない者や賞与支給率の少ない者は現在より年金額が低くなること、被保険者にとっての負担増が問題となる。
 D基礎年金の国庫負担率の2分の1への引上げは、2004年までに安定した財源を確保することを条件としている。未加入者や保険料未納者を減らし、皆年金の空洞化を防ぐためにも、直ちに実現すべきである。
 E学生に係る国民年金の保険料については、本来は、保険料を免除し、国庫負担で対応すべきである。卒業後に保険料を追納できる納付特例制度は、不十分であるが、直ちに実現すべきである。
おわりに
 現在の年金制度は、皆年金政策がとられているにもかかわらず、無年金者・低年金者が数多く存在している。早急に、年金制度を改正し、無年金者・低年金者を生み出さない仕組みに改める必要がある。そのため、国際高齢者年に関する原則にふさわしい「十分な水準」に基礎年金を引き上げ、無年金者を生み出きないようにするため、基礎年金を全額国庫負担で運営することが望ましい。当面は、基礎年金への国摩負担率の引上げにより、給付水準の引上げや制度未加入問題・保険料滞納問題を解消する必要がある。年金制度には莫大な積立金があり、98年3月末において、国民年金については8.5兆円(積立度合2.6)、被用者年金全体については170.6兆円(積立度合5.6)にも達している。この積立金を無年金解消と給付改善のために、有効利用することを考慮することも重要である。
 以上の実現が、公的年金に対する不信感を解消し、21世紀を向かえるにふさわしい年金制度の確立へとつながるのである。
 文字どおりの皆年金実現の「成否は、市民、とくに高齢者の完全参加のための条件と幅広い可能性をつくり出すために、各国政府がとる行動に大きく依存する」(「高齢化に関する国際行動計画」の実施勧告(86))ことが改めて確認されなければならない。

1)井上英夫「国際高齢者年と日本の課題・そのI」
 「賃金と社会保障J1228号、98年、57頁。
2)井上・前掲論文57頁参照。
3)井上・前掲論文57頁。
4)厚生統計協会『国民の福祉の動向(1998年)』98
 年、102、104頁。
5)総務庁「年金に関する行政監察結果に基づく勧告
 (1998年6月)」r賃金と社会保障」1231号、98年、57頁。
6)障害をもつ無年金者の実態については、無年金障害者の会r年金制度の谷間で無年金障害者は訴える」90年、同『力あわせて年金制度の改善を』93年参照。
7)石口俊一「学生無年金障害者に年金を!」「賃金と社会保障」1221号、98年、45頁以下参照。
8)「学生無年金障害者の審査請求を支援する会ニュース」99年9月号によると、40名が審査請求を提起している。
9)塩見氏のように、とりわけ在日外国人の中で最も多数を占める在日韓国・朝鮮人については、その歴史的、社会的特質からしても全く合理性を欠くものというべきである。詳しくは、小川政亮「権利の平等性原則」小川政亮『人権としての社会保障原則』ミネルヴァ書房、85年、179頁以下参照。
 なお、89年3月に、最高裁判所は、広範な立法裁量論により、塩見側の上告を索却している(『判例時報』1363号、68頁)。
10)井上英夫「在日韓国・朝鮮人と社会保障の権利」 『金沢法学』36巻1・2号、94年、339頁以下参照。
11)拙稿「年金による最低生活保障の意義と課遭」
 『医療・福祉研究』9号、97年、97、98頁参照。
 99年度で、60〜69歳の高齢者の最低生活費(2級地の1の生活扶助と住宅扶助〉が約8.6万円に対して、満額の老齢基礎年金は約6.5万円に過ぎない。
12)詳しくは、拙塙「基礎年金下の併給調整の問題
 点と課題」r社会環境研究」3号、98年、41頁以下参照。
13)この点を問題とし、年金による最低生活保障確立の課題を提示しているのが、東京高裁に継続中の宮岸年金訴訟である。詳しくは、拙稿「年金による健康で文化的な最低生活を求めて(上)(下)」「ゆたかなくらし」169、170号、96年参照。
14)宮岸訴訟第一審判決は、「障害は稼得能力の喪失、低下の原因となるのみならず、障害に起因する特別の出費の原因となっている」と認定したうえで、「立法論として老齢及び障害による加算類型を設けることが検討され得る」と判断した点が注目される(『賃金と社会保障』l199号、97年、63〜64頁)。
15)厚生省『平成9年度版年金白書』社会保険研究所、98年、63頁。
16)『第140回国会参議院予算委員会会議録』11号、
 97年3月18日、39〜40頁によると、過誤払い件数は、94年度において413件で、一番多額のケースは約441万円である。
17)高橋芳樹「障害論と障害年金認定基準」『障害者問題研究』26巻1号、98年、77頁。
18)有泉亨・中野徹雄r国民年金法」日本評論社、83年、84頁参照。
19)高橋・前掲論文79頁参照。
20)厚生統計協会『保険と年金の動向(1998年)』 98年、105〜107頁参照。具体的事例については、高橋・前掲論文81頁以下参照。
21)高橋・前掲論文81頁、無年金障害者をなくす会 r知的障害者の年金支給を求めてJ93年、池末美 穂子編r障害者手帳・障害年金における障害評価 に関する研究J財団法人全国精神障害者家族会連合会、97年参照。
22)85年改正時点からみると実に30%の引下げである。公文昭夫「99年度r年金制度改定」政府案をどうこなすか」『貸金と社会保障』1247号、99年、 9頁参照。
23)公文・前掲論文10、11頁。
24)労働省r高年齢者就業の実態(平成8年調査)」
 大蔵省印刷局、98年、54、55頁によると、年金受給者が多くなる60歳以上(男)では年金額の
 少ない者ほど就業率が高く、また、就業理由では「年金だけでは生活できないから」が最も多くなっている。
25)堀勝洋r年金制度の再構築」東洋経済新報社、 97年、111、113頁参照。
26)公文・前掲論文19頁参照。
27)厚生省r厚生自書(平成11年版)jぎょうせい、99年、442頁。積立度合とは、当年度支出合計に村する前年度末積立金の比率のことをいう。例えば、積立度合2.6とは、全く保険料を徴収せずに、2.6年間分の給付をまかなえる額ということである。
28)積立金の運用の実態と問題点については、公文昭夫「年金改革に向け攻撃型の争点をどうつくるか『賃金と社会保障』1241・42号、99年、66頁以下参照。

(たなか あきひこ/会津大学短期大学部)
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