介護保険の課題と展望
ケアマネジヤーの立場から
中村 幹夫
1 はじめに
 私は、32年間石川県立盲学校高等部理療科に簿を置いた後、今年3月から、新世紀ケアサービスという居宅介護支援及び訪問介護を行う事業所にケアマネジヤーとして勤務しております。
 本事業所は、常勤10名、登録20名の訪問介護月と3名の非介護貝で、鶴来町から宇ノ気町に散らばっている利用者に対応しています。
 本事業所の目指すところは、次の3点です。
(1)「明るく、やさしく、あたたかく」をモットーに、利用者本意のサービスを提供する。
(2)障害者と低所得者にも行き届いたサービスを目指し、また、医療と介護の狭間を補填する。
(3)寝たきり及び痴呆を作らないためのサービスを目標とする。
 その第一歩として、金沢市障害福祉課と障害者訪問介護の受託契約を結ぶとともに、独自の「在宅ケア チェック表(サービス内容とケアレベル).」の作成に取り組んでいます。


2 課壌
a)地域お年寄り介護相談センターの役割
  本事業所が所在する金沢市では、昨年から 老人福祉法にいう在宅介護支援センター を、特に「お年寄り介護相談センター」と呼んでおり、25 カ所設置されています。その内、22 カ所は、地域お年寄り介護相談センターとして社会福祉法人や医療法人に委託され、市内各地域を分担・担当しています。少なくとも私たち民間から見て問題なのは、この地域お年寄り相談センターの総てが、居宅介護支援事業所を併設しているために、センターが地域を指導するというよりは、時には民生委員さえも動員して、所属する法人の利用者獲得にのみ奔走しているように見えることです。
 相談センターの中には、一定率の事務手数料又は事務協力費を所属する法人に納入してくれる事業者を優先的に取り扱っている所さえもあるといわれます(基準奨励38号第25条及び基準奨励第37号第35条違反の疑い)。
 地域指導体制について、野々市町と金沢市を比較すると、次のようになっています。野々市町一在宅介護支援センターー民生委員、指定事業者金沢市一基幹お年寄り介護相談センター (3カ所)一地域お年寄り介護相談センター(22カ所)一民生委員、指定事業者


b)町ぐるみ福祉活動推進事業のあり方
 金沢市では、長寿福祉課を中心に町ぐるみ福祉活動推進事業に取り組んでいますが、その主たる担い手がお年寄り介護相談センターと民生委員であり、一般の居宅介護支援事業者やサービス事業者が蚊帳の外に置かれています。したがって、介護手当金の支給、緊急通報装置や福祉電話、防火安全用具(自動消火器・ガス滴れ通報装置・電磁調理器)の申請も民生委員を通さなくてはならず、ケアマネジヤーとしては民生委月との連絡・調整が業務上の煩わしさになっています。しかも、金沢市は、公職であるはずの民生委員の名簿を私たち一般ケアマネジヤーには公表していません。
 一般の居宅介護支援事業者が対象外サービスを組み込みにくい現状が、地域お年寄り相談センターを置く法人への利益誘導をもたらしているといっても過言では有りません。


c)主治医の意見書及び認定調査のあり方
 認定申請には、主治医の意見書が必要で、意見書は1通にかぎられます。しかし、複数の主治医をもっている申請者の場合、身体的重度な障害を持っていても、症状が安定している場合には、今困って通院していること(たとえば、腰痛や膝痛)に関する主治医に意見書を書いてもらおうとします。主治医は、本来他の主治医に連絡して、その意見も加味して意見書を書くことになっているのですが、その確認や連絡がなされなかった事例もありました。
 また、主治医の意見書拒否の例や、系列デイケア未利用者に対する手抜き記載の例もあるようです。85項目の基本調査項目の問題点については、初期の痴呆を見つけだす項目がないこ と、視覚障害者や聴覚障害者の悩みがほとんど配慮されていないこと、基本動作のみが重 視され、買い物、調理、洗濯、電話の応対、書字、文字の読みとり等、手段的ADLが完全に無視されていること等、すでにご存じの通りです。
 その根底には、次のような矛盾が内在していることを見逃してはならないと思います。
(1)その正否はともかく、介護保険制度が社会的入院を減らし、在宅生活を促進ないし支援するものであるはずなのに、その最も重要な要介護状態区分の判定に、施設における要介護認定時間を用いている事です。在宅、特に独居の人に対する思いやりが欠けているといえます。
(2)調査項目作成者の意識の中には、障害者=身体障害者=肢体障害者という前時代的概念が支配的であり、障害の特性に関する配慮がほとんどうかがわれません。
中村進さんの要介護認定処分に対する審査請求は、これらの点を国・社会に問いかけるものでした。糖尿病性網膜症で失明した金沢市在住の中村進さん(独居)は、脳梗塞を併発して以後、週3回のホームヘルプサービスを受けていました。特定疾病に該当するということで、認定調査を受けましたが、結果は、「非該当」でした。彼は、いろいろ思い悩んだ末、全国初の介護保険審査会への審査請求にふみ切りました。
 審査請求自体は、審査会で却下されましたが、「より実体に即した認定調査・判定の運用」を国に求める石川県介護保険審査会の会長談話が公表され、矛盾の一端を社会に明らかにすることができました。


d)介護保険の利点の活用
 介護保険は、いろいろの問題点を抱えてはいますし、福祉の市場化・営利化事態には、厳しい眼を向ける必要があります。しかし、率直に言って、介護保険導入によって良くなった点があることも事実です。
(1)要介護度(要介護状態区分)という共通の物差しが、社会的共通語となった結果、これまで容易に理解してもらえなかった家族の介護状態が、親戚や知人にわかってもらいやすくなったこと。
(2)ケアマネジヤーが、利用者の所へ赴いてサービス調整を行うにあたり、穂壌的に利用可能な対象外サービスの制度利用を援助することができること。
(3)利用者が、どこにも出かけず、手軽にサービスの手続き、選択、活用が可能なこと。ただし、この点については、行政が利用者から稚れたものになってしまう危険も含んでいます。
〈4)必ずしも、NPO(非営利組織)や社会福祉法人、医療法人のサービスが、民間の営利革人のサービスより良心的であるとはいえず、サービスの質が問われること。

 e)社会基盤の整備不足
  金沢市における特別養護老人ホーム待機者 は、2000年6月現在、660名といわれていま す。利用者が望んでも、入居までに数年を要 する訳です。これを代行する意味で、老健施設への入居が増加する傾向も見えます。
 1号保険料は、一般に、過疎地の高齢化率の高い所ほど高い訳ですが、特養や医療機関が少ないため、以外に安い所もあります。社会基盤を整備すればするほど、保険料の増額が予想されることは悲しいことです。
 市町村特別給付(横出し)及び介護保険としての保健福祉事業も、1号保険料に跳ね返るという理由で、大部分の市町村で実施されていないのが実状です。


f)介護保険運営協議会の機能強化
 金沢市では、条例で25名の委員からなる介護保険運営協議会をもうけました。その委員構成は、公益委月10名、被保険者関係団体6名、公募委員・学識経験者・事業者代表各3名となっています。このような組織が作られたこと自体は、十分評価するに催しますが、公募委員の人数が少ないこと、公募作業自体、余り啓蒙されない内に選考されたことは、その運営に対する監視が必要なことを感じさせます。
 現に、何回か開かれた協議会では、行政側からの報告や説明が中心で、ほとんど活溌な議論がなされなかったようにも聞いています。

g)利用者の権利保障の実現
 利用者の意向が、家族の意向と異なる場合、どうしても家族の意向が優先されてしまう傾向があります。本人が在宅を望み、私もホームヘルプと適所介護のケアブランを立てましたが、見守りが十分できないという家族の意向で、入院させられてしまった例もあります。
  また、地域のデイサービスセンターへ通いたいので、関係する相談センターの事業所の居宅介護支援を受けざるを得ない、といった 地域の縛りもあります。少なくとも、行政や福祉の名の下に、利用者の選択権が奪われてはならないと思います。

h)権利擁護事業及び成年後見制度との関わり介護保険におけるサービスは、指定事業者との契約によって提供されます。そこで、一人暮らしの痴呆を持つ方は、契約ができないケースがあるということで、石川県社会福祉協議会で地域福祉権利擁護事業が始まりました。ところが、判断力の乏しい人を救済するための制度であるにも関わらず、この制度の利用そのものが、契約によらなければならず、一定の利用料を要するという矛盾を抱えています。
  4月から始まった成年後見制度は、この間題を克服する有力な方法ですが、市区町村長を申立人とするまでの手続きをどうすればよいか、あるいは家族の納得をどのようにして得るか、特に虐待例や放置例では、ケアマネジャーのカだけでは具体的制度のリンク方法に難しい状況があります。また、この間題をクリアしたとしても、市区町村レベルで何らかの対策がなされない限り、後見制度利用料負担の問題が残っています(法人後見を行う民間事業者、リーガル・サポートの利用料は、月2万8,000円)。


i)サービスのひずみ
(1)居宅療養管理指導の導入で、医療措置の必要な利用者が、これまでの1回530円の負担から、940円の負担となりました。また、訪問着護がこれまでの1匝1250円の負担から830円の負担となりました。その結果、無理をして通院する例や、家族がサービスを打ち切る例が出てきています。


 訪問着護を継続するため、5月9日まで受け付けられた申請取り下げ者は、44名でした。

〈2)入院中の患者には、介護保険が通用されませんので、週末などに外泊して自宅で過ごそうとしたとき、付き添い介助や家でのホームヘルプは、実費にならざるを得ません。そのような人たちも、10月からは保険料を納めなくてはならないのですから、大きな矛盾といえるでしょう。
(3)福祉用具貸与に1割負担が導入された結果、これまで借りていた用具を返却した例が多くみられます。介護保険で購入可能な福祉用具が入浴用具と排泄用具に限られ、しかも細かな品目指定があります。浴室内の滑り止めマットを購入しようとしましたが、段差解消のための筆の子ではないという理由で却下されました。各種の補助用具や自助具も対象に加えて欲しい物です。
  また、介護保険の被保険者である身体障害者が補装具の給付を受けようとしたとき、介護保険の福祉用具貸与品目と重なる車椅子等は、オーダーメイドでなければならないことを示すケアマネジヤーの意見書が必要となり、不便になりました。
(4)社会福祉法人系の地域デイサービスセンターでは、これまでの利用料1日1,000円〈低所得者は食材費の400円)から、金沢市内のあるセンターでは、要介護1、2で1,113円と利用料が増えました。反面、自治体の補助金が打ち切られましたので、施設の維持費等経営的には難しくなり、1日15名以上の利用者を集めないと運営が成り立たないのではといわれています。また、デイサービスのバス旅行、連合運動会等、行事運営の難しさも現れています。
(5)特養入居者が入院する場合、施設給付が6日間で打ち切られる所から、契約で7日日に退居扱いとなり、3カ月以内で退院しても居室が別室となる例が一般的となりました。また、継続利用者であっても、住所を特養に置かない場合は、経過措置による減免措置が受けられません。
(6)要介護度によってショートステイに厳しい限度日数が導入された結果、振り替え利 用や家族介護による枠拡大(次期加算)を用いたとしても、緊急対応の難しい制度となりました。特養短期入所ベッドの入所ベッド変更も、14施設56床に達しています。
(7)老健施設においては、6カ月の逓減制の廃止と通常入所ベッドと短期入所ベッドの区分がないこととが相まって、特養待機入所及びショートステイ代替入所が増え、本来の通過施設としての役割が変質してきています。
(8)療養型病床群の中には、介護ベッドの経済効率を上げるため、要介護5の利用者だけを意図的に選別入院させている所があるもいわれています。
(9)施行前からの継続利用者には、低所得者及び障害者に対する利用料の減免措置がありますが、新たに4月以降サービスを受けこととなった低所得者及び障害者に、何等減免措置がありません。
(10)見守りや声掛けの必要な利用者に対し、安易に家事援助の指示がなされる例が多く有ります。要介護1以上の人で有れば、契約書の内容如何に関わらず、必ず身体介護の必要な場面に遭遇するはずであ、それを家事援助だからといって断るのは、人道に外れる行為と言いたくなります。


3 展望
 介護保険の将来像については、いろいろの意見があります。短い私の経験から、今後の運動の一つの指針となればと、いくつか思うところを上げてみます。
(1)保険料の全国統一:全国的負担の公平
(2)保険料の減免措置の拡充:低所得者対策
(3)利用料の2段階制:低所得者及び障害者3%、それ以外8%
(4)支給限度額の合算:訪問適所系支給限度額への短期入所支給限度額の上積み
(5)福祉用具購入制度と福祉用具貸与制度の統合:選択制導入及び対象品目の拡大
(6)認定調査書の改善:在宅の独居又は高齢者夫婦に対する配慮を加え、手段的ADLを重視し、初期痴呆が本人の回答よりも介護者又は調査員の観察によって発見可能なものとする。
(7)訪問介護の見直し:家事援助を独居又は高齢夫婦の要支援者に対するサービスに限定し、それ以外の訪問介護は、現在の複合型相当に一本化し、一定度(25%程度)、その単価を引き上げる。

4 終わりに
 福祉の市場化や営利化に大きな間親があるのは当然ですが、かといって、措置制度にあぐらをかいて、利用者を食い物にしている福祉貴族の存在も許せません。また、市場原理のみが優先され、その質をチェックすることのできなかった医療の世界に、多くのケアマネジヤーの目が注がれていくことも必然でしょう。とにかく、福祉にしても、医療にしても、開かれた公正なものであるかどうかが問われるべきなのです。
 介護保険サービス事業者も、営利優先の悪質なサービスの廉売を慎まないと、介護労働者の労働条件も悪化するだけですし、ケアマネジヤーの専門職種としての社会的地位の向上もあり得ません。また、そのことが、ケアマネジヤーと在宅介護支援センターの相談員や施設・病院のソーシャルワーカーとの関係を、排他的な対立関係ではなく、協調的な住み分けの関係に育てるための条件だと思います。
 さらに、行き届いた良心的なサービスが、しばしば、利用者の甘えを育て、自立を阻害しか
ねないことも忘れてはなりません。
 私は、障害者運動に関わってきた経験から、たとえ、それが多少なりとも不合理性を内在する制度であったとしても、それを内部から見つめ返す力こそが必要だと思っています。ただ利用者の立場からだけ不安におののいているのではなく、提供する側の内部からも、介護保険をよいものにしていきたいという気持ちで、ケアマネジヤーの道を選びました。この初期の目標が達成されるよう、利用者の立場に立って仕事に従事していきたいと思います。

(なかむら みきお/
(有)新世紀ケアサービス ケアマネジヤー)
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