ケアの賞とその確保
サラ法の背景とその展開
奥村 芳孝
 スウェーデンにおいては90年代になって、高齢者ケアなどの質およびその保証について興味が増えてきた。その理由はいくつかあるが、第1には90年代中頃の経済悪化により福祉面でも予算が削減され、その影響を知る必要があったこと、第2に、高齢者ケアなどは以前ほとんど全てが公的に運営され、ケアの質というのは自明のことであって特に意識はされなかった。しかしこれが90年代に入って民間委託などが話親に上がり、契約上ケアの質について明確化する必要が出てきた。第3にただ単に委託と市営業務の比較だけではなく、ケアの質の計測を通じて市営業務を向上、効率化させようという動きが大きくなっている。第4に、97年10月ストックホルム郊外のある市で「サラ事件」が起こり、これがマスコミおよび国会で大きく議論されたことである。その後、いわゆるサラ法が施行され、またこのサラ法のガイドラインが今年の4月に社会庁から公表された。今回はこの「サラ法」を紹介したい。

サラ事件
1997年10月13日、テレビでストックホルム郊外のソルナ市にある新しいナーシングホームでの介護が間愚になった。ここは民間委託で、十分な職員がいないため介護が行き届かないで入居者に辱そうなどができたりして十分な介護が行われていないと職員が訴えたものである。マスコミに出たのが月曜日で、火曜日には市およげ社会庁が監査を行い、水曜日には市はこの会社との契約を10日間の猶予期間をおいて破棄すると決定した。職員はサラ・ヴェグナートという23歳の介護保健士で、この職員は後に97年の時の人に選ばれただけではなく賞も与えられれた。
 97年12月には社会庁から監査報告書も出された。この中で、新しいナーシングホームの労働環境および人的準備ができていないにも関わらず、10日間の間に84名もの高齢者を移した結果、上記の間邁がでたことが批判されている。また同じような問題が3年前に起こり、そのときにも市が社会庁によって批判されたにもかかわらず、市はその過ちを再び繰り返していると社会庁は報告書で述べている。
 98年3月12日には、同じ市で市のナーシングホームにおいて十分な介護が行われていないと、ナーシングホームの担当医である県の地区医から社会庁に訴えが行われた。この結果、16日にはこの市の高齢者ケア担当理事および高齢者ケア部長が辞任した。


社会サービス法の変更
 高齢者ケアなどにおける基本法は1982年から施行されている社会サービス法である。この法律は枠組み法で、福祉における目的、原則、住民の権利、行政の義務などが書かれていて、自治体は地方自治法、行政法などの他の法律も考慮しながら、この枠組みの範朗内で自由に運営を行う。社会庁は国政面での監督機関と機能し、さらに県行政庁は県レベルにおいて監督する。この枠組み内ならば全く自由というのではなく、法律などの解釈については社会庁および行政裁判による解釈が制限を加える。またこの法律は権利法といわれ、住民の権利が明記されていると同時に、行政決定に関して当事者は内容に不服であるならば行政裁判所に不服申請を起こすことが出来る。
 高齢者がどのような対応がされているかを調査するため、政府は1995年委員会を設置した。この委月会は、高齢者の対応などの問題点を指摘する報告書を政府に提出、政府は社会庁の高齢者ケアの報告書も考慮の上、1998年高齢者国家行動計画と名付けられた政策法案を1998年4月国会に提出した。この行動計画には法律改正や予算強化も含まれている。まず第1に、社会サービスのクオリティーは系統的かつ継続的に発展および保証されなければならないことが社会サービス法に追加された。第2に、事件が起こったときや十分な介護が行われていないとわかった時には職員はこれを市に報告しなければならない、またこれがすぐ改善されなければ市はこれを県行政庁に報告しなければならないというものであり、運営者が公民を問わず通用される。なおこの法律変更は97年に起こった上記の事件で、これを訴えた当時の職員の名前からサラ法〈LexSar血)と呼ばれている。なおこれらの法律変更は1999年1月から施行された。

社会サービス法

第7条a

 「社会サービスは良質でなければならない。社会福祉委員会の業務を行うために、適切な教育および経験を持った職員がいなければならない。
 業務におけるクオリティーは系統的かつ継続的に発展および保証されなければならない。・・・‥・」

第71条a

 「高齢者および障害者ケアに従事している者」

は、これらの人々が良いケアを受けて安心して暮らせるよう努めなければならない。ケアにおける重大な問題について気づいたあるいは知った者はこれを社会福祉委貞会に報告しなければならない。もしこれがすぐ解決できなければ、委員会はこれを監督機関に報告しなければならない。‥‥・・・‥」


 この条項の通用のために、社会庁は社会庁令(2000:5)と呼ばれるガイドラインを2000年の4月に作成し、庁令は同年7月から施行された。


 まずケアとは社会サービス法によるサービス、介護を指し、サービスとは家事援助、買い物、郵便局、銀行への用事、調理、配食などで、介護とは食事頻取、衣服着脱、移動などの援助、個人衝生面での援助、孤立しないための対応、安心、安全感を持つような対応などである。
 次に重大な間親とは個人の生命、健康および安全に対する脅威となるような虐待、介護上の開通点および自己決定に対する尊敬、人権、安心感および尊厳という基本的要求に反する高齢者および障害者に対する対応である。また虐待とは身体的(うつ、つねる、たたくなど)、心理的(脅迫、罰、いじめ、恐怖、人権侵害など)、性的、経済的(金銭および持ち物の窃盗、強請、使い込みなど〉で、介護上の問題点とは個人の衛生面、食事、口腔内ケアおよび個人が受ける世話の開通などである。なおそれぞれが重大な問題とならなくても、職場の指導力の欠如などによりこれらの間患が繰り返される場合は、あわせて重大な間観点と見なされる。


 第1条においてこの庁令の対象が規定されていて、「高齢者、障害者ケアにおいて雇用されているもの、委託を受けているもの、実習生などあるいは労働市場対策により働いているもの」および「市の委託を受けて介護現場で組織されているボランティア活動」も対象である。


 第2条においては書面での指示が規定されていて、「市においては社会サービス法第71条aによる訴えの取り扱いについて書面での指示がなければならない。この指示書のコピーは県行政庁に送られる。市はこの庁令が対象とする分野の職員およびボランティアを行っている人がこの指示書の内容を知っているように努めなければならない。……」


 第3条において指示書の内容が規定されてお
り、次のことが含まれる。

「一 重大な間親について誰が訴えを受ける責
   任を負っているか。
 − もし訴えを受ける責任者が訴えの関係者
   であるとき、誰に訴えるか。
 一 訴えに基づいて誰が調査の責任を負うか。
 − 訴えはすべて記録され、その方法・・‥・・」


 第4条および第5条の説明は省略する。


 民間の業務については第6条に規定され、「民間業務においては、業務責任者が社会サービス法第71条aによる訴えの取り扱いについて書面での指示が作られるよう責任を負う。この指示書のコピーは社会福祉委員会および県行政庁に送られる。社会サービス法第4条による契約によりその運営が民間に委託されている業務においては、指示書はその委託を受けている市の社会福祉委員会に送られる。その他の民間業務については業務が行われている市の社会福祉委員会に送られる。業務責任者はケア職員がこの指示書について知っているように努めなければならない。……」


 第7条に民間業務における指示書について書かれていて、内容はほとんど第3粂と同じであるが、業務責任者が重大な間琴について訴えを受けまた訴えに基づいて調査の責任を負うことが明記されている。また業務責任者に訴えを行うと同時に、市の社会福祉委員会あるいは県行政庁に訴えることもできることを記載するよう求めている.特に業務責任者が社会サービス法第71条aの斉任を果たしていない場合お.よび業務責任者が訴えの関係者である場合は、社会福祉委員会および県行政庁に訴えを行うことも求めている。


 第8条においてはこの庁令の目的は「将来そのような問題が繰り返されないよう危険要因を特定する」ことであり、そのために記録には誰が訴えを行い、その内容、訴えにより取った対策を記載する事を求めている。またこれらの問題が繰り返されないようにするために「市は社会サービス法第71条aによる訴えを継続的にまとめ、どのような対策がとられたかを記載するべきである。民間業務の責任を負っているものも業務について同じようにまとめるべきである」と述べている。特に市が監督および業務を委託している民間業務においても、市がこれらの訴えについての情報を毎年要求するよう助言している。


 このような問題が起こればすばやい対策が大事で、第10条において「社会福祉委員会あるいは民間業務の責任者は、個人の生命、健康および安全に対する脅威となるような間親が続くことのないように、訴えが行われた日に必要な対策をとらなければならない」と要求している。


 このように、これらの間親はすべてが監督官庁に報告されるのではなく、第11条においてもし訴えがなされてから1週間以内に対策がとられなければ報告することを求めている。「市の業務の場合は、社会福祉委員会は県行政庁に報告しなければならない。民間業務の場合は、業務責任者は県行政庁および庁令第6条により指示書が提出されている社会福祉委員会に報告しなければならない」


 最後にいくつかのコメントを付け加えたい。
 まずこの庁令はたとえば家庭内における虐待などには適用されない。もし職員が家庭内におけるこのような問題を知った場合、これを福祉局内にて相談することは秘密法に触れない。しかし本人が望まないのに他の機関などに報告することは秘密法違反である。
 第2に、この庁令はもともと高齢者・障害者を守るために存在するので、調査の可能性からまた訴えの対象となった職員の人権上から匿名での訴えは認められない。
 第3に、この訴えにより訴えた職員が嫌がらせなどを受けないようにするのは雇用者の義務である2)。
 第4に、訴えを怠っても罰は科せられない。
 第5に、警察への訴えを高齢者が同意した場合は、これは秘密法違反とはならない。反対にそのような判断が出来ない場合(たとえば本人が痴呆)は、秘密法によって個人にとって害とならないか考慮しなければならない。普通、個人に対する犯罪が訴えられる場合は、本人にとって害にならないと見なされる。もし刑罰が懲役2年以上に相当すると見られる場合は、必ず警察へ報告しなければならない3〉。(注)1〉 ケアの質の確保一般については、奥村芳孝著
 スウェーデンの高齢者福祉最前線Jおよび日経新開8月7日スウェーデンの高齢者ケア 二重三重に質を確保Jを読んでいただければ幸いである。
2)もしこのような法律を日本で作る場合li、訴えが行われた場合の職員の身分の保障および嫌がらせなどを受けないようにすることが一番大きな問題となるであろう。
3)社会サービス法および社会庁令は著者の訳である。なお以下の記事も参考にした。
 A釘letaNilsson,“kxSarah”,inAldreicentrum
 nr2,2000


(おくむら よしたか/
    スウェーデン在住、福祉間遠研究者〉
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