● 特集/国民生活の変容と医療・福祉
日本経済の現局面は職場と働き方をとのように変えているか
伍賀 一道

はじめに


 もし、「日本の職場や仕事をめぐる現状はどのように特徴づけられるか」と問われたら、私は即座に次の2つのことを指摘するだろう。
一つは働く場所(職場)や雇用機会が減少するとともに、雇用の中味に質的な変化が生じていること、いま一つは「さまざまな違法な状態が広がっているにもかかわらず、政府はそれを黙認するどころか、これまで違法とされていたことを合法化するようになっている」と答えたい。しかし、すぐに「でも、それにたいする反撃の動きもあって、なかなか目を離せない」と付け加えよう。
 これから述べようとする短い文のなかで、職場や働き方をめぐる今日の特徴と、そのように至った背景、それにそこから抜け出す方途を考えてみたい。

T.変容する職場と仕手

(1〉 職場の縮小・失業者の増加
 今日の職場と仕事をめぐる特徴としてまず指摘したいことは働く場自体が減っていることである。総務省「平成13年事業所・企業統計調査」によれば、1996年から2001年にかけて、事業所数は36.7万事業所(5.5%)、従業者数は259.4万人減少した。事業所数は1991年までは増加基調にあったが、バブル経済破綻後の91年から96年にかけて初めて減少に転じ(年率0.1%の減)、さらに96年〜2001年には減少幅が拡大した(年率1.1%減少)。同じ期間に個人経営の事業所、同従業員数はそれぞれ10.2%、10.9%減少し、株式会社の事業所、従業員数も2.9%、5.0%減っている。特に、製造業および建設業の減少が顕著である。日本の職場が減少していったこの10数年間は、大規模小売店舗法(大店法)の廃止に象徴されるように「規制媛和」が叫ばれ、つづいて「構造改革」が喧伝されるようになった時期である。こうした政策展開と職場の縮小とは密接な関係がある。
 働く場所(職場)や就業機会の縮小は当然のことながら失業者の増加に直結する。2002年平均の完全失業者は359万人に達し、潜在的失業を含む失業率は10%を上回っている。失業期間が1年を超える長期失業者が完全失業者に占める比率は3割を突破し過去最高を記録した。

(2)雇用の質的変化
 これと並行して雇用の内容にも質的変化が生じている。総務省「平成14年就業構造基本調査」(2002年10月実施)によれば、正規雇用は1997年をピークに急速に減少に転じ、2002年までの5年間におよそ400万人も減る一方、パート・アルバイト、派遣労働者、契約社員などの非正規雇用は逆に368万人増加し、1628万人に達した。雇用労働者総数(役員を除く)に占める非正規雇用の比率は32.0%に上昇した。とくに女性のなかでその割合は急増しており、ついに過半数を突破した(53.0%)。表は、非正規雇用の内訳を示している。
このなかでパートタイマーが最も多いが、伸び率は他の形態に比べて小さく、また非正規雇用全体に占める比率も低下した。これに対し伸び率が特に大きいのは派遣労働者でおよそ3倍に増加、これに「契約社員・嘱託など」が続いている(72.0%)。特に若年層において無業や非正規雇用が増加したことも近年の特徴である。『国民生活白書』(2003年版)が若者(15〜34歳層)のフリーターを417万人と試算して衛撃を呼んだが、若者の職業能力を高めることに企業が積極的役割を果たすのではなく、もっぱら短期雇用に活用することで若者を使い捨てにする傾向が強まっている。


(3)違法状態の広がり
 このように、過去5年ほどの間に日本の職場は縮小し、仕事に従事する人が減少する一方で、正社員以外の雇用形態が増加するなど雇用の質的変容が生じている。それは単に雇用形態の変化にとどまらず働き方において違法状態が目につくようになった。さしあたり
次の点に注目したい。一つは「労働者供給事業」の拡大であり、いま一つはサービス残業についてである。さらに外国人移住労働者の権利侵害の一端にも触れておきたい。

 @ 違法な労働者供給事業への接近「労働者供給事業」(以下、労供事業と略す)とは、労働者を他人に使用させるために有料で貸し出すことを言う。これを利用する業者は自分の事業に必要な労働者を直接雇用しないで、他の業者からレンタルされた労働者を働かせてコストを切り下げようとする。このような労供事業は第2次大戦前、多くの工場や鉱山、運輸業など広がっていた。しばしば労供事業の業者による「中間搾取」(いわゆる「ピンはね」)や暴力をともなう「強制労働」が見られた。このため、戦後の民主化のなかで労供事業は職業安定法および労働基準法によって厳しく禁止され、「請負」を装った労供事業(偽装請負)の排除も図られた。たとえば、工場の製造ラインの業務を下請業者に請け負わせるという形で、実際にはその業者から労働者を借りて使用するということのないような細かい措置をとったのである。法制度上、労供事業ではなく「請負」と認められるためには、作業に従事する労働者を請負業者自らが指揮命令しなければならない。もし、業務を発注した事業主が請負業者の労働者を指揮命令した場合は労供事業と判断され、職安法によって供給元(請負業者)だけではく、供給先(業務を発注した企業)も処罰の対象となった。
 ところが、今日では「請負」を装った事実上の労供事業が横行している。特に目につくようになったのが1990年代後半以降である。
電磯・自動車などの大企業の製造ラインをはじめ、オフィス業務、病院の給食業務や医療事務、医薬品部門の臨床試験、コールセンター、さらに図書館業務にまで業務請負が広がっている。今や、業務請負の活用は日本の企業経営の標準モデルとなりつつある。もちろん、これらの業務請負のすべてが労供事業に該当するとは断定できないが、疑わしいケースも少なくない。たとえば、私たちの家に毎週配布されている求人広告紙のなかには、「“人材応援企業○○○”/仕事の内容=客室清掃(時間9時30分〜15時、週3〜4日、勤務地△町、×町付近)/食品の製造(時間8時30分〜17時、週4日位、時給800円〜、勤務地口町)」という内容の求人案内が堂々と掲載されている。この「人材応援企業」は労働者派遣事業の許可を取っていない。おそらく「業務請負」の名目で事実上の労供事業を営む業者と思われる。
 このような違法な労働者のレンタル事業(労供事業)が広がっている基礎には、正社員を雇うよりもはるかにコストが安くつくからという理由でレンタル業者を利用する企業が存在するからである。「週刊東洋経済」2003年2月8日号の特集「異形の帝国『クリスタル』の実像」は、業務請負形式で製造ラインに派遣労働者が導入されている実例として以下の企業を紹介している。いずれも日本を代表する企業である。富士ゼロックス海老名事業所(生産ライン業務は全量請負会社に委託)/キャノン阿見事業所(1200人のうち500人は請負会社社員)/NEC米沢工場(自社工場の生産要員140人のうち半数は請負社員)/ソニー子会社のソニーEMCS(正社員1万3000人とほぼ同数の請負社員)/デジカメの主力工場である幸田テックの製造部門(社員と請負社員がそれぞれ約2700人ずつ)、などなど。今日では製造ラインに業務請負を活用しない大企業を探すことの方が難しいのではないか。


 A サービス残業の広がり
 今日の職場と仕事をめぐる第2の違法状態は、よく知られた「サービス残業」の広がりである。2002年に全国の労働基準監督者が定期監督を実施した事業所(13万1878カ所)のうち、1万7077カ所(12.9%)で労働基準法違反(時間外や休日・深夜労働の割増賃金支払い義務違反)が見つかり、是正指導を受けた。指導件数は1998年(7038件)から増加傾向にあり、2002年は前年比6%(1018件)増で、1971年以降で最多になったという(「日本経済新聞」2003年7月8日付)。多くの人が仕事がなく苦闘している時に、他方で、長時間労働、それも残業手当なしに働くサービス残業に苦しんでいる人が多数いるという現実は日本の最大の矛盾ではないだろうか。今日の日本の労働者を図式化すれば、1)長時間労働に拘束された正社員、2)相対的に短い時間、不規則に働く雇用不安定な非正規労働者、3)リストラなどで職を追われた失業者や就職難に苦しむ若者、の三類型に区分されるであろう。どこに属してもそれぞれの苦難から逃れることはできない。

 B 権利侵害が横行する外国人移住労働者の働き方
 外国人労働者(特に無資格就労者)の多くは上述の労働者供給事業とサービス残業の両面に関連している。使用者に直接雇用される外国人労働者以外に、請負業者から大手企業の製造ラインに送り込まれた外国人労働者も多い。厚生労働省「外国人雇用状況報告(2002年6月1日現在)」結果によれば、外国人労働者を「直接雇用」していると報告を行った事業所は1万9197所、就労する外国人労働者は14万1285人、他方、「間接雇用」していると報告を行った事業所は3972所、外国人労働者数は8万6699人であった。これ以外に、厚生労働省には報告できない形で、かなりの数の外国人労働者が間接雇用(労働者派遣や請負)で就労していると見込まれる。労働基準法は、外国人労働者が仮に無資格で就労している場合にも適用されるが、実際にはほとんど機能していないと言われる。
 ある工場経営者は、毎月300時間近い長時間深夜労働を強制しながら「ピザを持っていない人に労基法が適用されるなんて思ってもみなかった。割増手当を支払うくらいなら、深夜仕事はしない方がまし」と語ったという。外国人労働者は深夜労働につくケースが多く、1台の機械を昼は日本人が、夜は外国人が動かすというパターンになっている。「夜8時から朝8時までの12時間労働が普通で、日曜も土曜もない働かされ方で本当に労基法なんてない世界」、「彼らの給与明細は1ケ月30日、360時間という明細がずっと続くというもの」という報告がある。また、不況のなか、賃金未払いのケースも多く、「いまないから、とりあえずこれだけ」と言って5万円、7万円などと一部のみ支払う事例など、違法状態が野放しになっている(日本機関紙協会『機関紙と宣伝』2003年6月号)。
 以上、今日の日本の職場と働き方をめぐる変容を概観してきた。1990年代末から今日にかけてなぜこのような違法状態をも伴う変容が生じたのだろうか。その背景を探ると日本経済の構造的変化を推進する動きにゆきつくのである。次にこの点について考えてみたい。

U.強出主導型経済とグローバル経済化の結合
 −職場・働き方の変容の背景(1)

1970年代はじめに高度成長がおわりを遂げて以来、日本経済は困難に直面するたびにその活路をもっぱら輸出に求めてきた。たとえば、70年代末の第2次石油危機後の不況に見舞われた際に、日本は欧米諸国にたいして「集中豪雨」にたとえられるほど輸出を増強することで不況からの脱出を囲った。この結果、アメリカや西欧諸国との間で貿易摩擦が教化し、やがて「プラザ合意」(1985年)に基づく円高、それによる不況(1986年〜87年)につながった。90年代のバブル経済崩壊後も、やはり輸出主導の経済回復路線をつきすすんだ結果、「悪魔のサイクル」(輸出増加一貿易摩擦→円高一輪出困難→合理化によるコスト切り下げ一企業の競争力改善一輪出回復一貿易摩擦一新たな円高‥‥‥)に直面した。要するに、日本はこれまで国民の購買力を高め、個人消費を拡大するという意味での内需主導による不況脱出の路線を取ってこなかったのである。これは90年代末から今日にいたるデフレ不況下でも同様である。国内
の消費が冷え込んだ状態を放置したまま、欧米やアジア諸国への輸出に活路を求めようとしている。しかも、90年代末以降は、アジア諸国、とくに中国の台頭もあって国際競争が著しく激化しているだけに、輸出競争力を増強するためには従来にも増してコスト切り下げを図らねばならない。これに対応するために、前項で指摘したように、正社員を削減し、かわって安上がりな派遣社員や契約社員、さらには違法な労働者のレンタル(労働者供給事業)の利用がすすんでいる。サービス残業の拡大もこうしたコスト切り下げ競争がもたらしたものである。
 次に、世界規模でのコスト切り下げ競争に加えて、1990年代後半以降、日本企業が本格的な多国籍企業として海外展開を強化したことが失業と雇用不安を加速するとともに「働き方のルール」の切り下げへの庄カをより一層強めている。海外展開は、貿易摩擦や為替リスクを回避するための欧米への進出と、主として低賃金労働力の活用および現地市場の確保をめざしたアジア諸国への進出に大別できるが、近年は東南アジアから中国へのシフトを強めており、中国は日本企業の生産と市場の拠点のみならず研究開発拠点としても位置づけられるようになった。
 日本各地に立地していた企業の海外流出は地域経済と雇用に深刻な影響を及ぼしている。地元に誘致した縫製や電機部門の大手企業は海外へ移転し、海外進出ができず地元にとどまる中小企業は中国から研修生(実態は低賃金労働)を導入してコスト切り下げを図るという構図ができつつある。「研修生」名目での海外からの外国人労働者の「出稼ぎ誘致」は地域雇用の空洞化を加速している。 中小企業をもまきこんだ日本企業の海外進出は国内から雇用機会の流出をもたらすだけにとどまらない。日本企業が中国など現地で生産した低価格商品を日本に逆輸入するケースが増え、国内企業を圧迫するようになった。こうした逆輸入は、日本の輸出企業が国際競争力を高めるため海外の安い部品調達を強化することで促進されている。たとえば、松下電器は国内の資材・部品調達先を現在の6000社から2003年度末までに約2000社に削減し、調達総額に占める海外購入の割合を18%(2001年度)から30%(2002年度)に引き上げるという(「朝日新聞」2002年9月27日付)。
 このような日本企業の方針は、地球上のどこで生産するのがもっとも効率的か、部品の品質を確保し、しかもコストを削減するにはどこから調達するのが最適か、という観点にたった経営戦略にもとづいている(最適地生産戦略)。今では高い精度を要求される「金型」(自動車のボディ製造などのプレス加工に必要な型枠)のような製品まで、調達拠点を中国に設け、日本から必要な技術指導を行い、高品質の低価格部品を輸入するようになった。この結果、国内の下請企業のなかでは従来の親企業からの注文が途絶えてしまって廃業を余儀なくされるケースがあいついでいる。
 このように、日本企業の多国籍企業化が主要な生産部門を日本に残し、輸出偏重型を維持しつつ、アジア諸国への進出を強化した結果、日本のコスト構造を低コスト化へ転換する圧力を著しく強めた。いわゆる「価格破壊」の進行である。これによって、海外流出を含む雇用機会の縮小や労働基準(働き方のルール)にたいする切り下げの圧力が強まっている。前項で見た違法な働き方が拡大している背景にはこうした事態がある。
V.「構造改革」政策
  一職場・働き方の変容の背景(2)


 違法な働き方の拡大や、失業と雇用不安をもたらしている第2の背景・要因に政府が進める「構造改革」がある。小泉政権は、かつては世界の模範として自賛していた日本の経済社会の「構造」が今日では制度疲労をおこし、生産性を押し下げ、成長のマイナス要因となっているという認識に立って、その打破を目指している。「構造改革」の基本的課題は、国際的な低価格競争が激化するもとで日本企業(供給側)の競争力の強化をはかること、具体的には不良債権の処理をとおして、非効率となった産業や過剰債務をかかえて競争力を失った企業を淘汰し(過剰資本の廃棄)、ヒト、モノ、カネを新規成長産業へ移動させることであるという。これを実行に移せば整理される産業や企業から離職失業者が新たに生み出されざるをえない。小泉首相のいう「痛み」である。
 政府の「構造改革」の領域は財政・金融・教育・医療・福祉・労働など多岐にわたっているが、小論の主題にかかわって重要なのが「労働市場の構造改革」である。これは、従来の「長期雇用システム」(いわゆる終身雇用)の転換、雇用の流動化を強く打ち出し、国際的な低価格競争にうちかつために労働者保護のあり方(労働基準や働き方のルール)が改革すべき主要な対象と位置づけられ、またリストラも必要不可欠とされている。不良債権処理によって生み出される離職失業者にたいして正規雇用のポストを提供することは困難なため、派遣労働者や契約社員など非正規雇用への誘導が積極的に提起されている。
 2003年の通常国会では、労働基準法(有期雇用の契約期間の上限を1年から3年へ、専門職は3年から5年へ延長など)や労働者派遣法の改正が行われたが、これはまさしくその具体化にほかならなかった。ここでは後者について少し言及しておきたい。
 今回の派遣法改正は、これまで1年以内に制限されていた、派遣先企業が派遣労働を活用できる期間を3年まで延長し、さらに「専門的業務」とされた26の業務については無期択に活用することを認めるものである。企業は常時必要な労働者についても長期にわたって派遣労働者を活用することカ呵能となった。試薬務のなかには「ファイリング」のように一般事務に近いものも含まれており、これによって正規雇用を削減して派遣労働者への置き換えがさらにすすむことが予想される。
 また、厚生労働省は派遣法改正とあわせて省令を改正し工場の製造ラインへの派遣労働者の導入を合法化しようとしている。前述のように、これまでも業務請負という名目で請負業者の労働者が工場に導入されてきた。注文主の企業の正社員にまじって請負企業の労働者がラインの組み立て作業に従事したり、正社員が彼らを指揮命令するケースが数多くあった。これは労働者供給事業に当たることは明らかで、職業安走法遵守の立場に立てば、当然、請負業者とともに注文主の企業も摘発しなければならない。労働者供給事業・労働者派遣事業・業務請負についての詳細な説明は省くが、今回の製造ラインへの派遣労働の解禁はこのような法違反状態を合法化するものである。


W.今日の困難からどのように抜け出すか


 これまで見たように、輸出主導型経済とグローバル経済化の結合、「構造改革」の断行など日本経済のあり方の転換を背景にして、雇用不安が広がり、また働き方においてもさまざまな違法状態が横行するようになっている。今、政府が緊急に取り組むべき第1の課題はこうした違法状態を取り除くことであり、私たちもそれを強力に要求すべきである。日本が法治国家であろうとするかぎり、国際競争の激化を理由に違法状態にたいして目をつぶることがあってはならない。労働者供給事業について言えば、労働者のレンタルを行う「請負業者」(実態は労供事業〉だけでなく、これを利用する大手企業にたいしても摘発を実行すべきである。コストを削減し、使用者責任を免れるために「レンタル労働者」を活用する大手企業の雇用管理にメスをいれて、必要な労働者は直接雇用に切り換えさせるべきである。
 近年、厚生労働省はサービス残業にたいして本格的な取り締まりに乗り出すようになった。2003年5月には「賃金不払残業総合対策要綱」を定め、「使用者の適正な労働時間管理と不払残業の解消を図る」ことを謳っている。また、賃金不払残業の解消のための指針
では「人事考課にあたって不払残業を行った労働者も、これを許した現場責任者も評価しない。適正な労働時間管理を意識した人事労務管理が必要」と指摘している。厚生労働省がこうした明確な姿勢に転換したのは、過労死・過労自殺の責任の明確化、労災認定、過労死根絶への措置を求める被災者家族や支援する人々、労働運動のねばり強い取り組みがあったからである。こうした運動がなければ行政が率先してこれらの措置を講ずるとは到底考えられない。
 サービス残業の一掃が雇用増加に結びつくことは明らかである。第一生命経済研究所の分析結果では、全産業でサービス残業をなくし、その分を新規雇用に振り替えた場合には161.6万人分の常用雇用が創出されるという(第一生命経済研究所「マクロ経済分析レポート」2003年6月26日付)。これは失業の解消に大きな効果を発揮する。とは言え、こうした措置は日本企業の国際競争力を弱めるのではないかとの懸念を持つ人もいるだろう。確かに違法状態の除去は製品価格のアップにはね返る可能性は否定できない。だが、違法状態をなくすことは国際的な公正競争確保の上からも当然の措置である。それに輸出主導型の経済構造を前提にした発想はもう転換すべきではないか。輸出主導型に固執する限り、内需の抜本的な引き上げは抑制され、リストラや雇用不安から逃れることは困難である。それに加えて、多国籍企業
化した今日の日本企業の場合、輸出で得た企業の利益が国内の設備投資にまわるとは限らず、海外投資に向かうことが常態化している。
リストラやサービス残業など労働者を犠牲にして得た利益が海外に流出するとは何という皮肉なことであろうか。
 さらに付け加えれば、輸出主導型経済からの脱却は日本の貿易黒字幅を縮小し、為替レートを円安にシフトさせる効果をもつ。これは対中国との関係では元のレートを切り上げることになり、中国からの低価格商品の輸入を抑制する方向に作用するであろう。
 政府が取るべき第2の課題は、雇用形態を問わず均等待遇原則を確保することである。
パートタイマーや派遣労働者の労働条件を職場の正規労働者と均等にすることはILOやEUの基本的原則となりつつあるが、日本政府の姿勢はこれと著しく禿離している。先に触れた労働市場の「構造改革」の基軸には非正規雇用の拡大戦略があるが、その労働条件の根本的引き上げに政府は背を向けている。日本企業の国際競争力の強化にとって労働条件の引き上げはマイナスになるという発想が見え隠れしている。厚生労働省「パートタイム労働研究会報告」(2002年7月)は、正社員は会社への拘束性が強いのに比べ、大多数のパートタイマーはそれほどではないことを

理由に均等待遇を図ることを否定した。ここで言う「拘束性」とは残業や転勤を拒否できない状態のことである。正規労働者の長時間・過密労働(いわゆる「過労死体制」)を黙認するのではなく、除去する姿勢に政府の態度を転換させることは非正規労働者の均等待遇実現には欠かせない。
 これら2つの課題のうち、サービス残業の除去については一定の前進が見られることはすでに指摘したとおりである。政府に期待するだけでは事態が動かないことは明らかで、国民的な運動の高揚が不可欠である。
 最後に、一つ考慮すべき論点を付け加えたい。今日のグローバル経済化のもとで、日本企業の中国進出が深まった結果、中国からの低価格商品の逆輸入を介して日本は中国の膨大な過剰人口の圧力を受けるようになったことにかかわっている。中国製品が低価格で輸出できる背景には為替レートが元安になっていることに加えて、中国農村の過剰人口を基礎にした低コスト構造が作用している。社会保障水準の低さもそれに関わっている。日本の雇用・失業問題の解決を考える際には、アジア諸国、とりわけ中国の賃金水準や労働基準、社会保障制度の改革について関心をよせることが不可欠となっている。グローバル経済化が進む今日では日本国内だけで失業問題を解決することをますます困難にしているのである。労働者や国民の立場からも国際的視点が求められている。


     (ごか かずみち/金沢大学経済学部)
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