●特集/憲法と社会保障
特集にあたって
編集部

第15号では、 焦点となっている改憲問題をとりあげ、 憲法と社会保障について考える特集を組みました。 近年、 憲法改正の具体的な提案が相次ぐなど改憲への動きに拍車がかかる一方、 「9条の会」 をはじめ憲法を積極的に守り発展させようとする動きも大きな広がりをみせています。 そうしたなかで、 あらためて憲法とは何か、 憲法を生かすこととは具体的にどのように考えることかを明確にしていくことが求められています。 特集では、 この課題について、 憲法を考える基本的な視点および憲法第25条の再生の方向について確認すること、 生活保護、 医療保険、 介護保険で直面している具体的な問題を憲法とのかかわりで検討すること、 以上の二点で応えていく構成をとっています。

 井上英夫論文 「暮らしと福祉、 平和と人権−敗戦後60年に−」 は、 筆者自身の 「戦争体験」 と人権の尊厳とは何かを考える具体的な取り組み、 さらには社会保障裁判を通して、 憲法と人権保障の基本的な視点について問題提起しています。 日本軍慰安婦、 ユン・ボンギル、 オシフィエンチウム、 731部隊、 NO WARなど人間の尊厳を問うテーマについての研究・調査・訪問・体験に触れながら、 それぞれのテーマが人間の尊厳を考えるうえでもっている意味を明らかにしています。 そのうえで、 社会保障裁判の歩みおよび近年の大きな成果が人権保障の発展を示していること、 そのことに確信を持つとともに、 憲法は国民に憲法を守り発展させるための 「不断の努力」 を厳しく求めておりそのことに応えていく必要があることを強調しています。

 藤澤宏樹論文 「改憲問題と憲法第25条」 は、 改憲構想、 判例および学説の生存権論についての検討を行い、 そのことを踏まえて、 無力化している生存権規定を機能させるための糸口を提示しています。 改憲構想の生存権論は、 生存権をプログラム規定として捉えていること、 社会保障を自己責任原則に基づくものとして捉え直そうとしていること、 以上の二点の特徴があるが、 生存権を裁判規範性の弱い権利とらえ 「二重の基準」 論のもとで緩やかな違憲審査基準を正当化する学説の立場は、 そうした改憲構想と親近性をもっており、 そのことが生存権規定の無力化の背景をなしていることを明らかにしています。 そのうえで、 近年における社会保障裁判の原告勝訴の判決が生存権規定を再生する糸口になりうること、 再生のためにはあらためて生存権の裁判規範性の再検討、 判例理論の再検討、 生存権の基礎づけ等が求められることを提起しています。

 布川日佐史論文 「生活保護基準決定の改善に向けて−老齢加算廃止への批判−」 は、 生活保護の老齢加算廃止をめぐる 「専門委員会」 と厚生労働省の議論と動向を検討し、 生存権を具体化する生活保護基準のあり方を提起しています。 ご自身がメンバーでもあった 「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」 の提言は、 生活扶助基準と加算を一体的に見直すとともに単身世帯について別途基準を設定すること、 老齢加算については加齢にともなう特別需要を加算とは違う形で対応すべきであるとの内容であったにもかかわらず、 厚生労働省が見直しを抜きに老齢加算の廃止に踏み切ったことは重大な誤りである、 したがって総合的な見直しをするまで老齢加算の廃止をやめ、 もとの金額を給付すべきであるとの提起を行っています。

 工藤浩司論文 「健康権保障と混合診療」 は、 2004年12月の混合診療に関する基本的合意を 「給付の必要十分性」 の視点から検討し、 人権としての健康権保障実現の方向を提起しています。 医療における 「現物給付」 原則に照らせば混合診療禁止は明らかであるが、 差額ベッド代の徴収可能条件に看護体制の充実が入るなど現行の特定療養費制度は本来の保険給付分を削減する役割を果たしている、 「基本的合意」 は 「制限回数を超える医療行為」 に保険導入を前提としない混合診療を認めるなどさらに問題を広げるもので、 健康保険制度の目的とも 「給付の必要十分性」 とも相容れないものであることを明らかにし、 健康権保障の原則のもとで混合診療の問題を捉えなおす必要があることを提起しています。

 横山壽一論文 「憲法と介護保障」 は、 介護保険制度および今次の制度改正を検討し、 それらが推進した社会保障再編の問題と特徴を明らかにし、 それを踏まえて憲法を介護に生かす道について提起しています。 介護保険は、 社会保障の市場化・営利化の突破口として社会保障の諸原則にいくつもの変更を持ち込みその変質を進めたが、 制度改正はさらに推進するもので、 個々には積極的な見直しを含むものの費用抑制の枠組みがそれらさえ権利制限の手段に転じていることを指摘したうえで、 「いつでも、 どこでも、 だれもが、 経済的心配なく、 必要な介護を受けることができる」 条件を整えることこそ憲法を介護に生かす道であるとして、 そのための具体的な課題と改善の方向を提起しています。

 真に憲法を守り発展させる力は、 暮らしのなかで憲法の存在と役割を捉えなおし、 憲法こそ尊厳ある生活を支える根幹であることを認識することから生まれてきます。 その意味で、 社会保障から憲法を考える今回の特集は、 憲法を守り発展させる特集に他なりません。 暮らしと憲法を考える議論を広げていく材料として、 今回の特集を大いに活用してください。
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