特集「民活」型医療・福祉を考える

医療・福祉と民間活力
金沢大学経済学部助教授 横 山 寿 一

はじめに
 高齢化の進展にともなって,高齢者を対象とした事業が多様な分野で進展しつつある。なかでもこれまで公的部門が高い比重を占め,民間事業の参入を認める場合にも厳しい規制が加えられてきた療・福祉・健康分野において,こうした事業が急速に展開しはじめている。そして,この分野での事業が,今やひとつの産業として登場しつつある。
 しかし,これらの民間事業についての本格的な分析はまだ緒についたばかりであり,この分野の民間事業の全体像さえ必ずしも明確にされてはいない。また,全体像を描こうとするいくつかの試みも,産業としてのまとまりを強調するあまり,いわゆる生活関連分野における民間事業と今日における医療・福祉・健康分野の民間事業化との区別と連関を意識しないで一括りにしているものが少なくない。
 そこで小論では,まず医療・福祉・健康分野における民間事業の全体像を,いわゆる「民活」導入による事業化のもつ独自の意味に注目しつつ明らかにし,そのうえで,この「民活」型医療・福祉・健康それ自体について,背景と推進の構図,推進論の問題点,規制をめぐる論点などを中心に検討したい。

1.医療・福祉・健康分野における民間
 事業の全体像

 〈1)「医療・福祉・健康関連産業」とその内部構成
 近年,医療・福祉・健康分野における民間事業の拡大を反映して,それらを独自の産業として位置づけ,定式化する試みが相次いでいる。l)それらのうち代表的なものをまとめたのが表1である。ここには,早くから事業化されてきたものも多く含まれているが,近年になって新たに登場してきた事業も少なくない。こうした新旧の事業を含めて,それらを独自の産業としてみる視点から新たなグルーピングを試みているのが,共通の特徴である。なかでも,シルバー関連の事業は,高齢者あるいは高齢期を対象とする点で比較的グルーピングが容易なこと,その性格からして医療・福祉・健康を中心に総合的な内容を有していることから,この事業の拡大が「産業」としての把握を促す役割を果たしてきた。「医療産業」「健康産業」「からだ産業」は,いわゆる「シルバー産業」を広くとらえれば,その多くが包摂されると言ってもよい。
 そこで,「シルバー産業」を参考にしながら,医療・福祉・健康分野における民間事業の全体像を、ひとまず「医療・福祉・健康関連産業」として位置づけたうえで,整理してみたい。
 まず最初に,この産業の構成部分としてのおける民間事業舞・福祉・健康関うえで,整理して専成部分としての内容をもっビジネスをグループ分けして列挙してみる。表2はそのビジネスと主な関連企業を列挙したものである。「医療・福祉・健康関連産業」は,A〜Hがその中心である。A,Bは医療分野,C,Dは福祉分野,E,Fは健康分野を直接その対象とした事業である。もっとも,それらの区分は相対的である。例えば,Bの民間救急サービスは,医療機関と家庭を結ぶという点では在宅福祉ビジネスでもあるし,Eの電子血圧計,体温計などは在宅介護用品でもある。GとHは,それ自体をとれば必ずしも医療・福祉・健康分野に限定された事業ではないが,今日では,これらを抜きに「医療・福祉・健康関連産業」を語ることができないほど,その占める位置は大きい。高齢化のもとでの重要な課題として議論が集中している在宅介護ひとつとってみても,Gの住宅リフォーム,Hの介護保険など,医療・福祉・健康と深い関連をもち始めている。T以下は,直接「医療・福祉・健康関連産業」に含めることはできないが,この産業の周辺部分に位置し,随所で上記の事業と関連をもちながら展開している。ことに,Kの情報ビジネスは,各分野の事業展開に不可欠の存在となりつつある。
 以上で概観したように,「医療・福祉・健康関連産業」は,いわば国民の生存に直接かかわる幅広い分野の財・サービスを直接に事業の対象とする「総合的」産業として実体を備えはじめている。それはまさしく,生存そのものが市場原理にますます委ねられていく今日の事態の象徴的存在といっても過言ではなかろう。


 〈2〉 「民活」導入と「医療・福祉・健康関連産業」
 上記のように,生存にかかわる諸々のビジネスを「医療・福祉・健康関連産業」として位置づけることは、この分野での民間事業の全体像を明らかにするうえでは一定の意義をもつものと考えられるが,こうしたグルーピングだけでは,この産業を正確にとらえることはできない。というのは,それぞれのビジネスが利用者にとってもっ意味の差異が,この方法では事実上無視されているからである。つまり,一般の食品・衣料などと同様に広く市場化されてきているものとこれまで主として公共部門によって供給されてきたものの市場化 事業化とは,利用者には単なる商品の差にとどまらない質的な差異をもつが,そのことが問われていないということである。表1で紹介したいくつかの試みは,いずれもこの点を無視ないし軽視している。
 この差異を明らかにするためには,何よりも,個々のビジネスと公的施策・制度との関係を軸にした新たな分類が必要となる。表3は、そうした分類を試みたものである。表の「結合・競合関係」とは,公的施策・制度でありながら民間事業者によって財・サービスが供給される場合,及びそれに付随した事業をさす。「直接的競合関係」とは,同ユあるいは類似の財・サービスの供給において,公的施策と民間事業とが併存している場合,「間接的競合関係」とは,併存はしていないが民間事業の展開が何らかの形で公的施策の縮小につながる内容をもつ場合をさす。「競合関係なし」は,厳密には無関係ではあり得ないが,もっぱら民間事業に委ねられている場合である。
 今日,医療・福祉・健康分野の民間事業がひとつの産業として位置づけられるようになったのは,何よりも,「直接的競合関係」に立つビジネスが拡大を遂げ,資本にとってその成長可能性を見通しうる状況が生じてきたことによる。実は,医療・福祉における民間活力の導入とは,この「直接的競合関係」及び「結合・競合関係」の分野での民間事業拡大に他ならず,決して一般的な民間事業化をさすものではない。したがって,「医療・福祉・健康関連産業」を今日問題にする際には,たえず,公的施策・制度との関連を問い,両者の競合関係がどのように変化しているのか,その変化が医療・福祉・健康のあり方にどのような影響を与えるのかを正面から問題にする必要がある。このことを抜きに,市場規模の予測に終始したり,市場化・事業化を「多様な財・サービスの供給」とみなし,もっぱらその促進のための条件を論じる現下の諸々の「産業論」は,何ら積極的な意味をもたない。
 では,この「医療・福祉・健康関連産業」は,今日,どのような特徴をもって展開しているのか,次にこの点を検討してみよう。


 〈3〉 「医療・福祉・健康関連産業」展開の特徴
 この産業は,上述したように,人間の生存に直接かかわる分野を対象とした事業であり,それ自体として総合的な内容をもっている。その総合的な性格は,人間の生存そのものが多様な財・サービスによって初めて成り立っことの反映に他ならない。また,その内容からして直接に人間に働きかける形態をとることから,不可避的に,財よりもサービスの供給が事業の中心を占めることになる。「医療・福祉・健康関連産業」は,「医療・福祉・健康関連サービス事業」と言っても過言ではない。
 かかる性格は,事業展開においては,各種サービスの多面的な展開とその複合化となって現れてきている。その際,サービス複合化の契機となっているのが,他ならぬシルバーサービスにおける事業化の進展である。そこで,シルバーサービスを例に,サービス複合化のうち典型的なものを若干紹介する。
 第一は,保険金の代わりに介護人を派遣する「介護保険」の登場である(日産生命)。これは、保険と介護サービスをワンセットにした文字どおり,「複合商品」である。「介護保険」は,現在,生命保険各社が目玉にしており,今後,こうした形態が増大してくる
ことは確実である。第二は,年金とセットになった有料老人ホームの建設である(協栄生命一協栄生命ホーム)。入居希望者は一時払い保険料を払うことによってその被保険者となり,同時に特約っき年金保険の受給資格者として入居者となる賢人居者の支払い能力の一部を年金で担保できるこのシステムは,ホーム経営者にとってはうま味がある。第三は,この有料老人ホームにみられる住居と医療・看護サービスとの複合である。最近は,ねたきり老人あるいは痴呆性老人専用の有料老人ホームも登場しており,複合化の度合いは一
段と強まる傾向にある。ただし,そのことが有料老人ホームの医療・看護サービスの充実をそのまま意味するわけではない望第四は,ホームヘルプサービス事業における各種在宅サービスの複合化である。現在,複合化という点では,形式上は最も進展したものといえよう。例えば,民間在宅ケアサービスの大手「へルシーライフサービス」では,ホームヘルプサービス,入浴サービス,看護サービス,緊急サービス,物品サービス(販売,リース)などをメニューとして揃え,会員が選択する形態をとっている。勿論,そのつど料金が加算されるシステムではあるが。
 この他にも,移送サービスと介助サービス(民間救急サービス),医療とデイケアサービス,ふとん乾燥と入浴サービスなど,さまざまな組み合わせをとりながら複合化が進展しつつある。
 こうしたサービス複合化は,供給サイドによる新しい変化を伴っている。その第一は,企業の多角化,拡大・複合化である。具体的には,異業種から関連分野に進出し多角化するケース(例えば,ベッド製造+ショートステイ施設経営),本来の事業に周辺サービスを複合するケース(病院+デイケアセンター)などがそれである。第二は,企業相互の事業連携である。上述した保険会社とヘルパー派遣会社,不動産(有料老人ホーム経営)会社と保険会社などがその例である。
 これらは一見すると,無政府的に進行しているように思えるが,こうした動きの背後には,「医療・福祉・健康関連産業」を新たな蓄積の基盤とし,そこでの主導権確立を戦略的たすすめる金融資本の活動があることを看過してはならない。表4は,この産業を構成するいくつかの分野の資本関係をみたものだが,ここには,中核となるビジネスのいずれにおいても金融資本を軸とした資本結合関係が強国に築かれていることが見てとれる。金融資本は、採算可能な分野へはその資本カと資本結合関係をフルに活用して多面的に事業を展開し,そうでない分野へは系列のベンチャービジネスを使って事業化の可能性を探るといった手法をとる。もちろん分野によっては,系列外の中小資本が事業を主導している場合もあり,また,安易な営利化を求めず地域に密着して事業の確立をめざすものも存在する。
だが,そうした分野にも,やがて金融資本の進出が始まることは十分予想される。
 以上が,やや粗雑さを免れないが,ひとまず今日の時点で整理しうる医療・福祉・健康分野における民間事業の全体像である。

2.「医療・福祉・健康関連産業」形成の背景と推進の構図

 〈1〉 背景−「民活」政策と内需拡大策
 この産業の形成は,何よりも高齢化の進展とそのもとでの医療・福祉l健康サービスへの需要増大を基礎にしている。しかし,高齢化それ自体がそのままこの産業の形成に結びつくわけではなく,そこには,高齢化と医療・福祉をめぐる政策動向が探くかかわっている。その政策動向とは,端的に言えば,医療・福祉サービスの領域に民間活力を導入し,高齢化によるサービス供給拡大の必要に,市場を介したサービス供給の比重を高めていく方向で対応していこうとするものである。
 こうした動きは,臨調答申が民間活力導入による社会制度全般の転換・再編を提起して以降顕著になり,その方向に沿った社会保障制度審議会の建議(「老人福祉のあり方について」1985年1月),厚生省社会局への「シルバーサービス振興指導室」の設置(1985年11月,閣議決定(「長寿社会対策大綱」1986年6月),シルバー産業育成に関する各種報告書(例えば,高齢化に対応した新しい民間活力の振興に関する研究会「シルバー産業に関する研究報告書」,「健康産業の振興に関する研究報告書」,厚生省・資産活用検討会「資産活用検討会報告書」など)等を通じて急速に具体化されてきた。
 臨調第3次答申(基本答申)は,「行政の目指すべき目標」として「活力ある福祉社会の建設」と「国際社会に対する積極的貢献」をあげ,そこで提案する改革方向がこうした「21世紀を展望した国づくりの基礎をかためるためのもの」であるとした望したがって「民活」の提案も,この脈緒のなかでとらえる必要があろう。具体的には,第一に,公的部門の縮小・解体による市場原理の国民生活への徹底,そのことによる財政危機の緩和と民間資金の新たな投資先の確保であり,第二に,そのことによって生じた新たな財政資金の軍事費・対外経済協力費等の総合安保戦略の要となる分野への重点的配分(「国際社会への積極的貢献」)である。
 だが,現下の「民活」政策を論じる場合には,この点だけでは不十分である。というのは,1986年以降の「民法」政策の一遍の推進
は,G5以降の異常円高と対外経済摩擦の激化という,新たな要因をその背後にもっているからである。ここで提起されてくるのが,「国際協調型経済構造」への転換とその手段としての「内需拡大」,そしてその促進のための「民活」政策である。例えば新「前川レポート」は,次のように言っている。
 「内需主導型経済成長を実現するためには,政策割り当ての転換,民間活力・市場メカニズムの活用等により,大きな政府をつくることなく資源配分を変更しなくてはならない。このために規制の抜本的見直しを行うことが重要課題である。」
 上述した臨調答申以降の動き,より正確には1986年以降の「民活」政策は,この「内需拡大」促進とより強く結つけられている。「医療・福祉・健康関連産業」の形成も,その不可欠な環であるというわけである。

(2)促進の構図
では,「医療・福祉・健康関連産業」の形成を可能にしているのは,いかなる構図であろうか。
 第一に,公的部門の縮小・低位固定化による需要不充足状態の創出である。福祉は真に必要な者に限定するというR醜ヒ=救貧対策」論,あるいは「公」は民間サービス供給が難しい分軌民間サービスの誘い水となる役割に限定するという「公=民間事業の補完・促進」論が大々的に流布され,財政・制度のサイドからそれが強行されていったのは周知のとおりである。そのもとで不可避的に生じる需要不充足の状態が,市場化の現実的基盤を形成していく。
 第二は,公的部門における受益者負担の強化による民間事業への採算見通しの保障である。需要不充足の状態がそのまま市場化に結っくわけではない。とりわけこの分野では公的部門と競合するだけに,この点の条件「改善」が不可避となる。それを可能にするのが公的部門における受益者負担の強化である。公的部門の利用料が高まれば高まるほど,民間事業の参入と採算見通しは容易になる。シルバーサービス促進側は,「『公』でも利用者負担を課すと『私』の存立基盤がなりたつという面がある」とあからさまに述べている誉
 第三は,規制緩和による参入の現実的保障である。採算の見通しがあっても,参入に規制が加えられていれば事業化はできない。また、リジットな事業規制は,民間事業にとっては,公的部門との競争での「ハンディ」として認識される。これらの点を取り除くのが規制緩和である。
 以上の三点が,「民活」導入の現実化条件であり,それを促進する基本的な構図である。そして,この構図のもとで,上述したサービスの複合化が実際に展開可能にもなる。

3.「民活」優位・促進論の問題点

 「民活」促進論の出発点は,民間事業は公的部門に対して財・サービス供給の面で優位性をもつ,という認識である。この認識には,サービスの質的側面を指摘するもの(例えば迅速さにかける,手続きの煩雑さ等)と量的側面を指摘するものに大別できる。後者の主要な根拠は財政的制約に求められる。
 ここでの最大甲問題は,公的部門における財・サービス供給の現状における不十分さを「固有の限界」とみなし,この両者を意識的に混同する点にある。だが,既にみたように「現状における不十分さ」は,いわば「民活」促進のために意識的に創り出されている側面をもっており,それを「固有の限界」と言うのは暴論でしかない。
 この点を念頭におきながら,いくつか具体的な論点にふれておきたい。
 第一は,市場の原理は「資源の効率的配分」をもたらす,という主張である。ここで注意を要するのは,「民活」論のいう「効率性」は,あくまで「コスト基準」に照らしたそれであること,つまり,そこでは,地域性や個別性をふまえた資源の適正配分は問題にされないという点である。「コスト基準」つまり費用・便益の点からすれば,例えば過疎地域における在宅サービスなどは最も不効率だということになるが,実は,今求められているのは,こうした民間事業が見向きもしなかった領域でのサービス供給なのである。
 第二は,競争原理はサービスの質を向上させ,きめの細かいサービスをもたらすという主張である。ここでも看過してならないのは,ここでいう競争,すなわち市場における競争は,結局「コスト競争」に他ならず,質的向上もこの枠内で可能なレベルに留まらざるを得ないということである。したがって,高価格高サービス,低価格低サービスという図式を克服しえない。ということは,質の向上をはかろうとすれば,それを購入しえない階層を生み出さずにはおかないということである。低価格高サービスが可能となるのは,結局,賃金・労働条件の徹底した切り下げによるコストダウンの場合しかない。ただ,その場合にはサービスの質は低下を免れない。
 第三は,「民活」は,サービス費用の削減をもたらし,公的部門より安あがりであるという主張である。ここで思い起こす必要があるのは,民間サービスの大前提は事業として採算可能であるという点である。しかも,企業にとっての採算基準とは,個々のサービスの費用に留まらず,市場におけるリスク,開発コスト等を含めたトータルな費用との関係で設定される。したがって企業にとっては「安あがり」にはなっても,家計には「高くつく」ものにならざるを得ない。上述した受益者負担が採算を可能にするという主張がこのことを裏付けている。また、公的部門が縮小されるという限りでは財政資金の「節約」にはなるが,周知のとおり「民活」導入に際
しては,その採算保障のために,基盤整備,開発援助などの形で公的資金が動員され,加えて優遇税制,特別融資等が動員される。この点も含めて考えてみれば,決して「民活」が安あがりだとはいえない。
 以上でみたように,「民活」優位・促進論には,それこそ「薗有の限界」が幾重にもまといっいている。
4.民間サービスの規制と行政の役割

1988年版「厚生白書」では,「保障」という言い方がはとんど姿を消し,「支援」という表現が意識的に多用されている。加えて,
あらゆる政策文書に一貫して登場する「活力」という用語がここでも頻繁に使われており,この二語が「白書」全体を覆いつくしていると言っても過言ではない。「白書」は,意識的にこれらを多用することによって,公的責任の限りなき縮小と「民活」路線への本格的移行が,あたかも「時代の要請」であるかのように仕立て上げようとしていると言ってよかろう。
 この「民活」導入の具体的指針を提供したのが,厚生省・福祉関係三審議会合同企画分科会の「今後のシルバーサービスのあり方について(意見具申)」である。その特徴は,法的規制強化の必要性を否定して,企業の「自主的措置」に全てを委ねる方向を打ち出したことにある。「行政による適切な指導」を謳ってはいるが,そこに言う「適切な指導」が「民間事業者の創造性/効率性を損なうことのないよう十分配慮」した指導であってみれば,それは事実上の指導放棄でしかない。実際にも,「行政による指導」の一環として行われたガイドラインの提示(厚生省「民間事業者による在宅介護サービス及び在宅入浴サービスのガイドライン」)でさえ,シルバーサービス振興会(シルバーサービスを促進する民間事業者の組織)のそれを参考にするという追随ぶりである。
 だが,これまで検討したように,「民活」導入は多くの重大な問題をはらんでおり,無原則的な推進は国民生活へ深刻な影響を及ぼさずにはおかない。とりわけ,医療・福祉・健康の分野は,直接に人間の生存にかかわるだけになおさらである。この分野で民間事業が果たす一定の役割を否定するわけではないが,それがまさしく前向きの役割を果たし得るためには,さまざまな条件が必要である。
そして,そのために行政の果たすべき役割は大きい。
 まず,民間事業に対する規制の強化である。医療・福祉・健康の分野での事業は,とりわけ高い倫理性と徹底した社会的責任が求められる。行政は,強力な指導と高い基準の設定によって,この点での厳しい「資格審査」を行うべきであろう。「民活」論がしばしばもち出す「民活の創意・工夫」も,この基準をクリアして初めて論じうるものであり,規制の強化が「創意・工夫」の発揮を妨げているという論理は一面的である。
 さらに重要なことは,行政サイドが公的サービスを質・量ともに高め,住民が必要なときにその必要に応じたサービスを利用できる状況をつくり出すことである。利用にさまざまな制限を加え,制約を課し,また必要なサー
ビスも整っていない状況では,サービスに対する住民の要求も顕在化しない。行政が民間サービスに積極的な役割を期待するのであれば,一見相矛盾するように思えるが,むしろ行政が積極的に住民のサービス需要を顕在化することに努めるべきである。そのもとではじめて,住民サイドの真の意味でのサービスの選択が可能となり,民間サービスも行政の単なる補完ではなく,高いレベルの「多様なサービス」の供給によって前向きの役割を果たすことが可能となろう。


 おわりに

 「民活」導入が論議される際に必ず持ち出されるのが,「公私の役割分担」論である。そこでの基本的な思想は,必要とされる一定量の財・サービスを公・私でいかに分け合うかという内容である。そこでは当然のように
行政の役割の限界が強調され,民間の優位性が無条件に承認されたうえで,民間主導の役割分担が導き出される。そこには,財・サー
ビスの供給そのものを積極的に拡大するという発想は乏しく,ましてやその際に行政の役割の増大を求めることなど問題にもされない。
だが,財・サービスの質を高めながら量的にも拡大していくためには,行政の役割は決定的であり,そこではじめて,前向きの公私の
役割分担を求める方向が可能になるといえよう。そしてこのことを医療・福祉・健康の分野で論じるためにも,現下で進行しつつある
民間事業の全体像を整理することが前提となる。小論は,そのためのひとつの試みにすぎない。

1)表1に挙げた著書・報告書がその代表的なものである。
2)協栄年金ホームの案内パンフレットには次のように書かれている。「……入居料は,協栄生命年金ホーム特約付年金保険の一時払保険料に充当されます。この年金保険から給付される年金は,入居中の経費にあてられます。……入居の際に,医療保険(80才満期,全期前納払)にご加入いただきます。この保険から,入居中の病気や怪我で入院したときの経費等が給付されます。…・・・」
3)国民生活センターが有料老人ホームについて
 行った調査(昭和61年実施,鳩ホーム回答)は,医療に関して以下のような結果を明らかにしている。医療施設や医療スタッフはかなり整備されているが「診療科目のうち内科は全施設にあるものの,理学療法料や整形外札神経札循環器札眼科など老人ホームの医療施設らしい科目を持っている施設は少ない。また夜間の医寮体制は,医師も看護婦もいないホーム(12ホーム),看護婦も療母もいないホーム(10ホーム)が少なからずあること.医療設備のうち,特別介護室や機能回復訓練室を備えているホームは半数にも満たないこと,さらに提携の病院にはホームから遠いところが多いこと,昼間ホーム内に看護婦がいないホーム(9ホーム)があるなど,老人ホームの今後の課題といえるものがみられる。」『有料老人ホームの実情と比較』昭和6
2年3月、97ページ。
4)シルバーサービスの現状と健全育成に関する
 研究会『長寿社会へのチャレンジ=シルバーサービス』中央法規出版,1986年。
5)笥二次臨時行政調査会「行政改革に関する第三次答申」昭和57年7月30日0
6)臨調と総合安保戦略との関連については,二宮厚美陀本経済と危機管理論』新日本出版札
1982年を参照。
7)経済企画庁総合計画局縞陀1世紀への基本戦略』東洋経済新報札昭和62年,189ページ。
8)前掲F長寿社会へのチャレンジ:シルバーサ ̄ビス』74ページ。
9)『医療関連ビジネス検討委員会報告書』(1988年12月27日)も「医療関連ビジネスの具体的方向」のなかで@業界の自主努力Aガイドラインの策亀業者・サービスの認定制度B援助措置等をあげ,同様の方向を打ち出している。

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