−<特集>患者の権利について考える
患者の権利について考える一開業医の立場から一
                  内科開業医 安 藤 良 一
 近年、国際的におこった人権擁護運動の一環として、従来の医師主導による医療を批判し、患者の権利の回復を主張する「開かれた医療」の、あるべき姿が問われつつあります。
 一方、先端的な医学・技術の進歩とともに提起されてきた新しい生命倫理頼もかかわって、医療現場におけるインフォームド・コンセントをはじめとして、病名告知・延命医療・尊厳死・安楽死・脳死判定・臓器移植などの難問題が山積しています。これらの諸問題は人それぞれの立場による理念や価値観の相違によって判断が異なるのは当然でありましょう。
 しかしながら、患者の権利擁護は決して医療の現場だけで解決し得る問題ではなく、国の社会保障制度、保健・医療・福祉の政策いかんに大きく左右きれるという現実を忘れてはなりません。
 8万人の開業医が会員である全国保険医団体連合会が、第一線医療担当医としての基本姿勢と課蔑を明らかにするため、5年前に掲げた「開業医宣言」は、このような今日的な閉塞を十分にふまえた上での、開業医の絹領と信じますので、この紙面を借りてご紹介し、皆様のご評価をいただきたいと思います。


【開業医宣言】
 −保団連の医療に対する基本姿勢−(1989年1月・保団連帯27回定期総会)

〔前文〕
 わが国の開業医は第一線医療の担い手として、長年にわたり地域住民の医療に貢献してきた。
 いま日本人の平均寿命は大きく延びてきたが、一方、国民生活をとりまく経済、労働、環境などの急汲な変化とその歪みは、成人病の増加はもとより、かつては見られなかった心身の疾患をも生みだし、子どもから老人に至るまですべての世代を通して、健康に対する閑心と不安が増大している。
 こうした中で、開業医師・歯科医師のあり方も問い直され、日常の参療に辛任を持つことはもとより、疾病の予防から環境の改善などに至るまで、その専門的知識、技術による幅広い対応が強く求められている。
 同時に、近代民主主義の主権在民、人権尊重の思想は、医療における人間関係、医学の進歩と医療の倫理など、新しい課麓をも提起している。
 これらの期待と要望に応えるためには、患者・住民の求めるところを深く理解し、常に新しい医学・医術を研錐して、自らの医療活動を省み創造する開業医の姿勢と努力が不可欠である。
 また、わが国は経済大国といわれながら、そのカが国民には還元されず、逆に、国民の努力により築き上げてきた社会保障が、軍事予算拡大やいわゆる民活路線の影で、次々に後退させられている。さらに現在、地球的規模での環境破壊や核兵器の脅威など、人類の生存すら危ぶまれる状況も存在している。
 私たちは、これらの現実に立ち向かいつつ、21世紀の医療を担う開業医像をめざして、次の通り宣言する。

〔本文〕
1.全人的医療
 私たちは、個々の疾患を重視するのみならず、患者の心身の状態、家族や生活環境にも気を配り、全人的な医療に努力する。 以下の《 》内は筆者私見による補追 《全人的医療を宣言の第一に捉えた理由を私はこう思います。今までの医療はあまりにも疾病第一主義でした。医師は何をおいても先ず病気の診断と治療に専念しました。医学教育もそうです。そこでは病気の主人公である患者自体が不在でした。このようでは、医師と患者の良好な人間関係も、適正な医療も生まれるはずがありません。》
2.対話の重視
 医療は患者と医師の僧頼にもとづく共同の行為である。患者の立場を尊重した対話によって、患者自らが最良の選択を行えるよう、医師は患者に必要な情報や専門的知識、技術を提供する。
 《インフォームド・コンセント、すなわち説明・納得・同意の医療はいま最も求められています。これなくして膚頼関係は成り立たないし、病気の回復もおぼつかないのです。医事紛争の多くに対話不足があります。ただし選択の結果よる責任については議論の余地がありましょう。》
3 地域医療
私たちは、住民の身近な存在として日常診療に責任を持つと同時に、地域の保健、予防、リハビリテーション、福祉、環境、公害問題等についても積橿的な役割を果たす。 《病気は予防が先ず大切であるのは当然です。国・自治体もこの視点で制度改革を因っています。私たち開業医はこれまで以上に地域住民の健康保持と環境保全のために協力したいと考えています。》
4.医療槻関等の連携
 私たちは、最も適切な医療を行うため、静療機能の交流等を通じ他の医師・医療機関等との円滑な連携に努める。同時に他の医療・福祉従事者の役割を重視し、患者を中心とした緊密な協力関係を保つよう努力する。
 《連携の目的はあくまで、患者が必要とする最善の医療を提供するための、適切な役割分担と情報交換にあります。この際にも患者の希望や同意、プライバシーの保護が大前提となります。》
5.診療の記録
 診療の正確な記録は医師の重要な責務である。患者に必要な場合を除いては、その内容の捷示を行わず、患者の秘密と人権を守り、医学の進歩に役立てる場合にもそれを厳守する。
 《診療録の正確さ、公文書性、秘守義務は医師の常識です。間麓は患者自身の情報なるが故の閲覧権の有無でしょう。規時点での保田連の考え方は、患者にとって必要な場合は提示するという立場をとったと理解できます。
ただし保険診療担当上の規則は別開港です。》
6.生涯研修
 私たちは、患者・住民が最高の医学的成果を受けられるよう、常に医学・医術および周辺学術の自主的な研軌こ努め、第一線医療・医学の創造、実践、発展をめざす。
 《開業医は大病院勤務医にくらべて劣るという、ありがちな誤解に対してもこの項は、自主研鋸の継続的な可能性と自信を示していると思います。実際私たちは日常診療が終わっても研修に多忙な日々を過ごしています。》
7.自浄努力
 私たちは、患者や地域住民の信頼を失うような医療行為を厳に戒める。また常に他の批判に耐える医療を心がけ、医療内容の自己および相互検討を行うよう努力する。
 《この項を掲げた保団連の姿勢を評価してほしい。他の宣言などには見られない真筆な自省です。しかし医師不膚の原因が必ずしも患者・住民側からではなく、意識的な世論操作による場合があることに留意すべきであると痛感します。》
8.社会保障
 医療を資本の利潤追求の市場に委ねてはならず、すべての国民が十分な医療・福祉を受けられるよう、社会保障を充実することは、近代国家の斉務である。私たちは国民とともに社会保障を守り、拡充するために努力する。
 《極めて重要な項目であって、保田連活動の最大目標の一つであります。患者・市民団体の権利綱領でも冒頭にうたってあり、協同して達成すべき目標でしょう。憲法第25条は健康権に関する最高理念です。近年の行革路線に沿った所轄省庁の公的医療保障抑制政策は、この憲法理念に逆行する、健康の自己主権から自己責任へのすり変えである事実を、全国民が直視しなければなりません。》
9.先端技術の監視
 科学技術の急速な発展は人類に多くの恩恵をもたらす一方、その用いかた如何によっては生態系の破壊なども懸念される。私たちはとくに人類や地球の未来に影響を与えかねない先端技術に対しては、その動向を監視し、発言する。
 《この所感の始めにも触れましたが最新医学・技術の進歩で生命倫理観も変化しましたが、新たに多くの難問題も生まれつつあります。私たちは専門の立場でできるだけ公正なシンポジュウム参加者の感想判断と提言をしていきますが、この問題は国民全体で考え、合意を形成していく必要があります。》
10.平和の希求
 人命を守る医師は、いかなる戦争をも容認できない。私たちは歴史の教訓に学び、憲法の理念を体して、平和を脅かす動きに反対し、楔戦争の防止と横兵器廃絶が現代に生きる医師の社会的責任であることを確認する。
 《平和・護憲・反核運動は、保田連の重要な基本姿勢として結成以来堅持しています。しかし今もって国際情勢は決して楽観を許しません。人命の尊重こそは、あらゆる人にとって権利・義務意識を超えた使命といえましょう。》

 おわりに
 このたび、医療・福祉閉篭研究会総会の記念シンポジュームに、報告者の一人として参加させていただき、開業医の立場から発言しましたが、時間的制約で言葉足りぬ部分も多々あったと思います。本塙をもって補足したいと存じます。
○現代のひどさ(弱者のおかれている実態)を再認識した0しかし、これは特別なことではなく、すぐ自分のまわりにあることである0その一方、全体的には、外国で、日本で、確実に権利を守る運動が発展していることに関心をもちたい。(A・N)

○「患者の権利」ということは、実際に自分が患者の側に立たないと分からないと思っていた
が、このシンポジュウムに参加して、「患者の権利」とは自己決定権といった人間らしく生活す
るための権利のことであり、他人事ではない問題であると感じた。(T・E)

○自分が大きな病気にかかること、などの場合があったら、自分は一体どう行動を取れば良い
だろうか、ということを考えなければならないと思いました0特に死に関わる場合、患者の権利
の保障によって、満足した生き方を得られるかどうかが左右されると思いました。ぜひ、手に入
れたい権利です。(J・0)
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