−く特集〉介護保障のあり方を考える
介護保障のあり方について考える
医療ソーシャルワーカーの立場から一
                 武 田 智 美

1.はじめに
 国民の介護に対する関心は大きいと言えます。政府やマスコミの「超高齢社会になったら稼働年齢の者二人で一人のお年寄りの世話を・…‥」等という宣伝に「自分が高齢になったら」「介護が必要になったら」と漠然と不安を感じるのも当然です。ただ、差し当たって身の回りに介護が必要な人がいなければ、また、自分がまだ若く近い将来介護が必要な状態になることが考えられない場合は、自分の問題として介護についてを考えることはないでしょう。しかし、一方で介護問題が深刻な社会問題化しているのも事実です。
 今回私は、医療ソーシャルワーカーの立場から、日頃関わっている患者さんや家族の方々の介護の実態・要望などをご紹介し、今国会に法案が提出されようとしている「公的介護保険」の問題に触れ、どのような介護保障が求められるのかを考えてみたいと思います。


2.医療の現場では−リウマチ膠原病患者の実態
 私の職場(金沢リハビリテーション病院)は、金沢市西南部に位置し松任市・野々市町に隣接しています。1986年の閑院で内科・小児科・理学診療科を棟榛し、リウマチ膠原病センター・老人医療センターがあります。一日の外来患者数は平均180名、入院ベッド数は112床、デイケア・訪問着護も行っています。病棟は2つのフロアこに分かれており、私の担当しているのはリウマチ膠原病の病棟です。
1995年9月現在の数字ですが、56床中、1〜2名を除いで慢性関節リウマチ患者が入院しています。介護力が十分などの条件さえ整えば退院可能な患者は30名もいます。そのうち特別養護老人ホーム入所待ちは6名、他施設(身体障害者療護施設)入所待ち3名です。
 ここで、慢性関節リウマチ(以下RAと略します)という病気について少し説明します。発病率は人口比0.3〜1%で、1:4の割合で男性より女性のほうが多く、30〜40才代の発病が半数を占めています。関節の腫脹と痛みを伴い、病気の進行に連れて骨破壊や関節の変形も起ってきます。ほとんどのRA患者は一生RAと付き合わなければならず、常に痛みをかかえて畳に座れない・階段の昇り降りが困難・歩きにくい・重い物が持てないなど日常生活にも様々な支障をきたしてきます。根本的な原因も根治療法も確立しておらず、障害と治療が必要な病気を抱えながらの長期の療養生活が必要となるわけです。また、一般的には日常的に介護が必要な寝たきり状態となるRA患者は患者比で2%ともいわれています。RA専門医もまだ数少なく、当院にも汽車や車で片道3〜4時間かけて通院する患者も少くありません。ここで、当院入院中の56名のうち介護力が十分などの条件さえ整えば退院可能な患者は30名と前述しましたが、いくつか事例をあげてみたいと思います。

<事例1> Mさん 74才 女性 市街地で
一人暮らし RA
 車椅子生活のレベル。ベッドサイドポータブルで身の回りはなんとか自立。家事不可能。ホームヘルパー派遣を過3回、休日に別居の息子の援助を受けなんとか一人暮らしをしてきました。

 Mさんは、脛堆の骨変化、心臓疾患等もあり毎日のように近医から往診を受けて、通院手段の関係で当院にはなかなか通院できずにいました。医療者側としては、常に介護する人が必要ということで、家族との同居や特別養護老人ホームの入所も勧めていましたが、本人の強い意志で一人暮らしを続けてきたのです。今回の入院は、ベッドサイドで転倒し打撲のための痺痛でトイレ動作も不可能となったのがきっかけです。入院して2−3日で痛みは和らぎトイレ動作も可能となったのですが、病院生活のほうが安心ということで特別障害者手当てがきれる入院3か月ぎりぎりまで入院を希望しています。
 Mさんの場合、転倒したときにその打撲の痛みが和らぐ2〜3日間ベッド上で安静にできる条件さえあれば入院の必要はなかったわけです。また、日常的にもヘルパーがもっと頻繁に訪問すれば今回の転倒は避けることができたかもしれません。


<事例2>
 Tさん 78才 女性 40代の息子と二人暮らし RAと脳硬塞後遺症 車椅子レベル(自操可能・ベッドと車椅子の移乗は要介助)。
セッティングすればスプーンで食事摂取可能。オムツ使用。言語障害あり。
 TさんはRAによる重度の機能障害を持ちながらも家事一切をこなし、息子の世話をやいていました。1年ほど前に脳硬塞が党症し、上記の状態となっています。息子は日中は仕事に出ており、患者が自分で御飯を作れないと家で生活するのは無理とのこと、そこまでの回復見込みは困難ということで特別養護老人ホームに入所を申し込み、入所待ちです。本人は、家に帰ることを目標にリハビリに頑張る日々ですが、本人の希望はかなえられそうにありません。
 Tさんの場合、息子に代わる介護カがあれば家に帰れます。また、治療上は入院の必要がなくなって家で生活することができないときに、すぐに入所できる施設があれば、病院の治療中心の生活とは異なる充実した生活が送れるわけです。しかし、現在は、息子に代わる公的な介護力も不足していますし、施設そのものも数的にも不十分です。金沢市の場合、特別養護老人ホームに入所申請しても最低1年(長くて3〜4年)待たなくてはなりません。ではその待機期間をどうするのか……いわゆる老人病院か老人保健施設かということになりますが、RA患者の場合、定額の医療しか受けることのできない老人病院や、治療の粋が最小限に定められている老人保健施設では、専門治療はうけることができずにRAが悪化してしまうことが少なくありません。


<事例3>
 Hさん 79才 女性 息子の家族と同居RA
 車椅子レベル(ベッドと車椅子の移乗は要監視、自操不可能)。ベッドサイドポータブルで排泄は要監視。セッティングされれば食事摂取可能。
 息子家族は仕事に出ており、日中は一人ですごしていましたが、転倒を繰り返し、上記の状態となりました。嫁が介護のため仕事をやめ家で介護していましたが嫁が1時間ほど留守にした間に一人で動こうとして転倒、今回の入院となりました。自宅にいるときは週1回のデイサービスを利用していました。
 本人は自宅での生活を切望しており、家族は、転倒の危険がなければ家で世話しようと考えています。本人は「動ける間は少しでも自分で動きたい」と動いて転倒ということを繰り返しているわけですが、この希望は人間として当然のことと思うのです。でも家族は動くと危ないし嫁が一人で常時監視しているわけにもいかない、そんな都合の良い人を頼むこともできないということで入院を継続しています。特別養護老人ホームも入所申請していますが、本人は申請したこと自体知らず、退院を望んでいます。
 3例だけご紹介しましたが、他にも自宅でも病院と同様の安静を守れる条件があれば通院で自宅療養ができる患者もいます。また、段差がまったくない病院と同様の環境であれば生活可能な患者もいます。要するに、体に環境を合わせるのでなく環境に体を合わせるための入院治療となっており、入院して症状が良くなっても家に帰ってしばらくするとまた一緒というようなこともままあります。寝たきりや重度身障者に対する住宅リフォーム事業での助成(40か50万円)もありますが、住宅の改造はなかなか困難ですし、機能障害が変化するRA患者の場合、1回でOKということはありません。


<自宅に戻っても……>
 本人の希望がかなっての自宅での生活も、様々なサービスを利用しなければ安上がりです。しかし、事例3でご紹介したように介護者一人の人生をまるまる拘束してしまうことにもなりかねません。ここで、在宅の公的サービスの費用を少しご紹介します。
・ホームヘルパー 1時間(0〜910円…世帯の所得による)
・デイサービス 1日1,000円
・ショートステイ 1日2,120円
・訪問着護ステーションからの訪問着護
1回250円(交通費別)
 実際に、お金がかかるからと回数を減らしている方も多くいます。


<施設に入所しても‥…・>
 特別養護老人ホーム:入所費用は本人の年金のほとんどで本人が自由に使えるお金は1万円程度です。また、扶養義務者の費用負担もその所得によって異なりますが、年々高額となってきています。そして、医療費は当然のごとく別です。入院したら入所費と入院費の2重払いとなります。また1994年10月より入院給食費が自己負担となり、お年寄りの人が入院しても1か月4万円は必要です。年金受給者の半数を占める1か月の受給額3〜4万円だと、老人ホームの入所費と入院費を払うことはできなくなってきています。
 老人保健施設:基本的な入所費は1か月6万円程度ですが、実際には他の雑費がかかって8−10万円かかります。そして、前述の事例2でも述べたように高額な医療が必要な人は老人保健施設で長期の入所はできません。

3.介護保険が通ったら……
 家で生活したいのに帰れない、家でお世話をしたいのに介護者の精神的・肉体的・経済的な負担が大きくむずかしい、施設はというとすぐには入れない、付き添い制度の廃止などによって重介護の人ほど在宅へというのが今の大きな動きです。
 現在のゴールドプランすら達成されていない公的な介護の供給体制では、必要な介護を受けることができないのは明々白々です。そして、新たに保険料も取られて更に利用料も取られるなど今まで以上に負担が増えるのも目に見えています。現在国民健康保険の保険料(税)未納者や国民年金の保険料未納者・未加入者は数百万人ともいわれており、新たに介護保険料もとなると保険料が払えない人はますます増えることになります。保険に加入しなければ当然保険給付も受けられないことになります。その保険の給付も「介護の必要度に応じて設定された介護給付額の範囲」であり、重介護の場合公的介護保険だけで不十分なので、上乗せして希望することになりそうすれば当然のごとく上乗せ部分の費用は自己負担となります。 また、96年の1月末に出た老人保健福祉審議会の「新たな高齢者介護制度について(第2次報告)」では、具体的なサービスモデルが出されましたが、現在当院の在宅管理している患者30名のうち5名が対象とはならない基準でした。そして、サービス内容も実際に介護している家族の方に言わせると、まだまだ家族の精神的肉体的負担を軽減してくれるものではなく長期に在宅で看ていくのは困難とのことでした。
 また、介護保険導入はこれだけに終わることではなく、今まで先人たちが構築してきた社会保障の稔改悪のテコとなっていることが大きな問題です。財政問題を理由に、医療保障制度(保険・供給)と社会福祉・社会保障制度〈措置制度)の改革がもくろまれているのです。現に老人医療の定率負担、付き添い制度の廃止、病院の介護施設への転換、老人保健施設の逓減制導入等などと結果としてお年寄りの追い出しが強められようとしています。重介護状態の人には医療からも福祉からも介護が供給されない事態も生じています。
 更に、65才以下の重介護の障害者は今回の介護保険の構想の中には触れられていません(第2次報告では、65才以下でも初老期の痴呆であれば対象となるとしているが)。例えば、50才で保険料を払っている人が事故で重介護の状態となったとしても給付年齢に達してないので給付は受けられないということになるわけです。厚生省は障害者プランも発表していますが、ゴールドプランと同様在宅の障害者をカバーできる内容ではありません。また、施設に入所を希望しても療護施設等は、何年待ちか目途も立ちません。 当初「バラ色の介護保険」との論調が強かったマスコミも徐々に変化してきています。老人保健福祉審議金の議論も難航している様子です。真に求められる公的な介護保障とはどういうものなのかの論議がますます大切となっていると考えます。

4.介護保障のあり方
 今まで述べてきたように政府が考えている介護保険構想は、実際に介護間麓に直面し悩んでいる人の問題解決や将来の不安の解消にはなっていません。でも、早急に何等かの手が打たれなければますます介護問題は深刻となっていきます。
 まず、ゴールドプラン・新ゴールドプランを達成させ、見直し、供給体制を充実させることが必要ではないでし上うか。供給されるサービスの絶対量の不足、その水準も極めて低いことがまず間選なのです。介護が必要となっても人間らしく、その人らしく生活を送るには選択肢が多いほうが良いのは当然です。施設のありかたも見直しが必要だとおもいます。現在は4人で1部屋が普通でプライバシーが十分に守られているとはいえません。介護が必要な人には人権などないと言わんばかりです。
 基本的に、憲法25条の基本理念を忠実に反映する社会保障の一つとして介護保障が確立されることが大切であると考えます。

(金沢リハビリテーション病院
        医療ソーシャルワーカー)

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