<特集>介謙保障のあり方を考える
ホームヘルパーの立場から介護を考える
川村順子

 はじめに
 平成2年に市の第3セクターとして、金沢福祉サービス公社が設立されました。私はそこでヘルパーとして働いています。公社としての設立以前は、金沢市の社会福祉協議会に所属していて、家庭奉仕貝という名称で呼ばれていました。
 ヘルパー利用者の皆さんの私たちヘルパーのとらえかたは、私たちが家庭援助として利用者宅に就いているときに他の人が尋ねてこられたときなど、大概の方は「今、お掃除の人がきている」と、私たちのことを紹介します。私たちヘルパーの倒からすれば、体が不自由で、掃除棲も掛けられない人のところに掃除という形で援助に入るのですが、利用者の方からすれば、掃除にきているのだから時間一杯働いて貰わねば損という考え方で私たちに接していられる方も多く、なかなかヘルパーの真の意味を理解していただけないのが現状です。
 老人保健法が改悪されてからは、病院で完治されないまま無理をして退院される方も多くなり、それとともに私たちヘルパーの仕事も強化されてきました。
 あるお年寄り方は、ヘルパーが1週間に1度来てくれるだけで自分の人生にどれだけ安堵感をもたらしてくれるかと喜ばれた事があります。その方は足が不自由で重い買い物などができなく、買い物という援助をしながら福祉電話の設置や入浴サービスを勧めました。その方の生活全体をとらえ、ヘルパーと利用者とのお付き合いがはじまり、前向きでお互いプラスになるというものです。

1.1さんの事例と在宅ケアの詰問窺
(1)ひとり暮らしを支える
 次に現在私が訪問している82才女性のTさんの事例を報告させていただきます。Tさんは、脳血栓で発語がなかなか困難でお話もできない方ですが、意志lよしっかりしていらっしゃる方です。70才位までは編み物、手芸、庭でのお花作りをされていましたからご近所にも友人がいて、ここ3、4年前まではその友人の方が本人の好きなものを作ってもって来ることもありました。
 私の初回訪問からは3年が経ちますが、当時はヘルパー派遣が1週間の内に2回、訪問者護婦さんが1回でした。
 ヘルパーの私は、庭で好きなお花の話をしたり、近所へ散歩をさせてあげたり、電講で昼夕食の献立を聞いて、小さな声で「お刺身」とか「何でもいい」と言われるのを聞き、その買い物を済ませてTさん宅へ入っていました。

 ヘルパーの訪問日以外は、調理済みの材料で、ご自身も煮炊きをしていましたし、発語が困難だと言われながらも一緒に外出するときなどは、「カギもった」とか「サイフは?」とかのごく自然な会話ができる革もあり、この方の発語困難は一体どこへ言ったのだろうかと嬉しく思うこともありました。
 しかし一人住まいで足元もおぼつかないこともあり、部屋の中の小さな段差がとくに蹄きやすくて、ヘルパーが帰るときには「転ばないように気をつけてネ」と言うばかりでした。Tさんは病院も薬も嫌いと言われる方で、自宅が1番居心地が良いらしく、お正月などにも次女や孫たちが集まる長女のところにも行かずに、ご自分の家で皆さんの方から来るのを待っていられる方です。長女の方は車で10分位のところで自営業をされ、次女の方は遠方におられますので、私は長女の方と連絡をとり、このままでの1人住まいは無理なことと、非常に心配していることを伝えました。その後、ヘルパー派遣は週3回となり、それ以外の日には家政婦さんが付かれて1人でいる時間を少なくしました。


(2)ヘルパーと医療行為
 ある日、Tさんが玄関で動けなくなったとの連絡があり、在宅での点滴治療が始まりました。そして次の訪問時に私は看護婦さんから、点滴後の針の抜去を依頼されました。しかし以前から、ヘルパーは医療の分野には関わってはいけないと言う事を聞かされていて戸惑いましたが、とりあえず点滴終了後の抜去行為をしました。
 後日のヘルパー会議に、市役所から保健婦さんが見えられた折りにその事を話したところ、ヘルパーは医療行為をしないほうがよいと言われ、その場合は、ご本人を病院に連れて行き、そこで点滴を受けさせてから帰宅させるほう方がよいとも言われましたが、実際には大変難しいことです。
 現実に、Tさんの自宅では点滴が行われ、そこに居合わせた家政婦さんが抜去のお手伝いをさせられています。私は私的には、抜去行為くらいはヘルパーの仕事の範疇ではないかと思いますが、現在のところ結論が出されていません。
 現在のTさんは、3年前よりずいぶん機能が落ち、介助がなくては室内も歩けない状態になり、週3回の午前にヘルパー、週2回は訪問看護婦、過1回はデイ・サービス、土、日、月は民間のヘルパー、それから、夕食の賄いはお孫さん、夜間就寝までは近所の人達が来るというローティションです。
 えんげ状態が悪くて、ヘルパーの食事介助中にチアノーゼ状態になったこともあり、もしここで生死を分かつことがあった場合には、ヘルパーがその責任を問われるのだろうかとか、チアノーゼ状憑が戻らないときはどこに連絡すればいいのだろうかとか、朝訪問して、ペットでうずくまっていられるのを観るときなどは、息絶えているのではないかとハラハラしながら名前を呼ぶこともあります。
 以前にも、来ていられた訪問着護婦さんが、帰るために車に乗られた直後、Tさんが食事を喉に詰まらせてしまい、私は裸足で車を追いかけて助けて貰ったこともありますが、Tさんの状態では、訪問者護婦さんが来られると私たちヘルパーは非常に助かります。


(3)まわりの人たちとの協力と連携
 私たちヘルパーは、在宅希望のご本人の意志をできるだけ尊重したいと思いますから、同じ思いの看護婦さんやTさんに携わる沢山の人達にも、1人住いには限界がきている状態を連絡ノートに記録して、次に来た人が必ず眼を通して申し送ることにしています。
 またヘルパーは家族の方や民間のヘルパーさんに、ご本人が「行きたくない」と言われるショート・ステイがどうしても必要であることや、家族の方(娘さん達)のご本人さんへの説得や、家族と関わりたいと強く望むご本人のショートステイの送迎くらいは協力してほしいとお願いするのも私たちヘルパーの仕事です。
 ところが、周りの多くの方達の協力を必要とする私達ヘルパー派遣も、1年ごとに交代させられますので、利用される方達にも慣れて気心が分かりあえる頃には交替期限が来ていて、利用される方と共にヘルパーも心揺らぐときでもあります。せめて利用者との関わりを持つ期間を2年にしてほしいと思うのは私だけでしょうか。

2.Yさんの事例
 次は生活保護を受けていられるYさんのケースを紹介致します。
 その方は、ある日歯が痛くなり歯科医に行きたいと思ったのですが、生活保護の方はその都度「今から歯科医に行きます」と金沢市の民生課に連絡しなければ、医者にもかかれないことになっています。
 歯痛に限らず病は予告せずにやってきますから、民生課に連絡ができない時間も当然あります。生活保護の方でも健康保険証さえ持っていれば、そのつど民生課の了解を得なくても直接医者に掛かることができますし、旅行にも安心して出かけられます。こんな簡単なことがなぜできないのでしょうか。生活保護を受けていられる方を医者に掛かりにくくするためとしか思われません。


3.ホームヘルプサービスの詰問窺
(1)24時間サービスと常勤ヘルパー
 ー方で金沢市は、いまマスコミなどで言われている国の24時間介護の間麓をとらえ対策を検討していますが、ヘルパー介護の現場の実態を掌撞しない構想におわる危険があります。金沢市は、24時間介護は、私たち常勤のヘルパーではなくて、登録(パート)のヘルパーにさせるといっています。なぜ常勤のヘルパーではなくて登録ヘルパーなのでしょうか。内容の不十分なままでの24時間介護の実施には多くの疑問があります。
 一律に24時間介護の体制に急ぐのではなくて、ヘルパーがナイト・ケアとモーニング・ケアをしっかり行えば、なにも利用者宅の鍵を預かり夜中に眼を覚まさせてまでケアする必要もいらないケースもあるかも知れません。


 (2)利用料金、支払方法について
 公社のホーム・ヘルパーの利用料金に付いて一言触れたいと思います。利用料金はその世帯の前年度の所得税によって算出され、それぞれ1時間に付き、250円、400円、650円、850円、910円とされています(非課税所帯は無料です)。ところがその利用料金納付書、ときには督促状も、信じられないかも知れませんが、利用者を保護し介助すべき私達ヘルパーが利用者に現場で差し出すことにされています。
 この利用料金納付書や督促状は、金沢市の長寿福祉課から福祉公社へまわされて、公社からヘルパーが利用者宅に持ち込むわけですが、ときには利用者ご本人さんが私に、1週間に3回のそれもわずか2時間ずつの利用料金が払えないので週2回に減らしてほしいと言われて、私は「これを払って貰えないともうヘルパーに来られなくなるのですよ」と本人さんに説明するとき、私も悲しくて悔しくて、やり場のない憤りに涙することもあります。


 おわりに一文化都市にふさわしい福祉を先の、生活保護を受けていられる方のように健康保険証を取上げるのは間邁ですし、まだまだ金沢市の福祉問題は改善されるべきだと思います。
 世論に影響されて、「やっています福祉」のゼスチャーだけではなく文化都市金沢にふさわしく福祉にもっともっと多くの予算を出してほしいと思っています。

  (金沢福祉サービス公社 ヘルパー)
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