〈特集〉介護保障のあり方を考える
老人保健施設の活動から介護保険を考える
  −「なでしこの丘」での活動を通して一
                      西 村 咲 子

はじめに
 平成4年5月、「なでしの丘」は誕生した。金沢大学医学部付属病院定年退職後の仕事として老人保健施設の運営を選んだ理由は、超高齢化社会到来への危機感をもとにした今までの臨床看護体験を活用した老人のセルフケアへの働きかけをしたい、老人とその家族の接点的な役割をやりたいという想いであった。開所後3年10ケ月、自分の理念のなかで相談指導員として取り組み、想像以上の多くの老人問題を体験している。今回は、今後のわが国における高齢者介護制度への危惧と、当施設の活動実情を書いてみたいと思う。


1.「なでしこの丘」の概況とその24時間
 入所老人は100人(うち痴呆28人)、デイケア30人、ショートステイは常時5〜6人の受表1け入れをしている。キャッチフレーズは家族的雰囲気、匂いのない清潔な環境、広い扉と段差のない各設備、そして老人と家族の立場に立った暖かなゆとりのある看護(介護)である。午前9時20分夜勤者から全員に申し送りが行なわれる。視点は老人の安楽、安全なケアの施行、評価であり、日勤者は熱心にメモをとる。次いで各チームの看護(介護)者が一日のケアプランを提示、各部門(OT、栄養士、事務、相談指導員)の意見が出され、チーフナースの助言が加わる。週間行事(表1)年間行事(表2)によって日中のケアはすすめられる。
 入浴日の壮観?について書いてみよう。浴室の設計は私の夢をこめたつもりである。安全をモットーとした円型の浴槽、なでしこの花をあしらったピンクのタイル、たっぷりお湯に入りながら眺める日本庭園、洗いながらリズムにのってリハビリができるようにとBGMの設置などである。だが、開所後あっという間に私の夢は惨くもくずれ去ったのである。100人の老人中、自分で着脱できるのは数人、自分で洗えるのは数人である。転ばないように、ウンチをしないように全身を緊張させてケアを行うことが精一杯である。看護(介護)者約10人が介助後1kg前後の体重減少をする位の老人100人の入浴光景である。せめてもの救いで、石鹸を使わない椛製使用、いろんな皮膚症状に合わせた薬湯浴などで私達の夢は保たれているが、もう少し介護者がいたら入浴日を増やして夢も大きく実現できるのにと、大きくひとり言をつぶやいている現状である。
 リハビリテーションはOTのプランニングによって個別に行なわれている。看護(介護)はトレーニングによって増した動きを食事、排泄、運動などの生活リハビリに取り入れるのである。老人のできることには手を貸さず根気よく看守ることを基本としている。レクリエーションは表1のように盛んに行なわれている。しかし昭和生れの老人が施設を利用する日は間近である。私を含めた老人予備軍は現在のレクリエーションでは満足しないであろう。ひとりひとりのライフスタイルに合わせたものが必要になると思われる。「いろんな分野の文化に積極的にふれてほしい」と
私は職員に要求している。さて老人対象の施設の夜勤は複雑多岐のケアが要求される。痴呆老人はもとより一般の老人も「夕暮れ症候群」にかかりやすく、夜の間は老人を孤独にさせさまざまな問題行動が生ずるのである。指導としてはプライバシーの保持のため個室をすすめているが、むしろ3〜4人の気の合った老人共有のルームがいいのではないかと思っている。お互いがいたわり合い想出話に花を咲かせたり、なつかしい歌を唄ったり、なでしこの丘にはそんなグ  ループがいくつかできている。さて、夜勤者はパトロール、おむつ交換、体位交換、そして睡眠剤は最低量に押さえている当施設の排綱は自由であるので、俳掴している老人が転ばないようにと眼を離すことはできない。それぞれの目的のある俳掴に声をかけ一緒に歩かなければならない。夜が明ける、日が昇る、朝の老人は機嫌がいい、これが「なでしこの丘」の24時間である。


   2.新介護システムに対する私の想い
 老人保健施設は老人の家族と共に動いている。老人の介護は愛情だけでは成り立たない、 家庭復帰をすすめるサイドの相談指導員として、ひとりの老人をめぐっての家族の苦労は客観的にみても大変なものである。続けたい仕事を止めなければならない嫁、老人の奇行に家族全体がパニックに陥るケース、離婚、嫁の家出など、まさに人生の悲しい縮図に遭遇する。そして一方、「家に帰りたくない老人群」の増加である。居場所があっても孤独であり、また自分の意志で生活したいという自立的な老人たちも著しく増加している。在宅介護重視の新介護システム導入の4年後には、私の肌で感じる現象は、夢のような24時間対応の介護支援体制のなかでどのような反応を示すのであろうか。本当の意味で老人サイド、家族サイドに立った介護体制を切に望むのである。
 老人=寝たきり、おむつ、車椅子=介護の様式を裏付けるものとして、一年間の入所老人の動向調査を行った。ADL障害および痴呆の原因疾患は、入所者216人(再入所は含まない)中、脳梗塞後遺症64人(29.6%)脳出血、脳血栓13人(6.0%)、骨折後状態14人(6.4%)であった。特に60歳代発症の脳血管障害は、基礎疾患(糖尿病・高血圧・高脂血症)を有するケースが多い。そこで成人病のセルフケアに関心のあった現役時代に継続して、障害老人の血縁家族の有病率を調査した。その結果は予想通り81名中、65名に有病者があり、高血圧29名、高脂血痕17名、狭心症12名、セルフケア19名、放置9名であった。その結果をもとにして家族の方々が両親と同じ障害を起こさないように「健やかな老後をめざそう」と呼びかけ、「なでしこの丘家族の会」を基盤としてセルフケアを熱く呼びかけている。
 現在、厚生省が早急に検討している介護保険についても、いろんな疑問や不安が頭の中に渦巻いている。在宅を中心としての訪問看護やヘルパーの増員もいいが過二回の短時間ケアや、夜間のヘルパー訪問など、受ける立場として考えたときいろんな問題があるのではないかと考える。老人予備軍の私見として、毎日老人とその家族と渡しているなかから、他の口を真似るわけではないが、図1のような包括的ケアサービスが専門家によって行なわれたならば、老人とその家族にとってどんなに安心した生活が送れるであろうか。特にさけることのできない人間の死に対してのケア、心もからだも安らかな幻想的な死が得られる老人のホスピス、図1ではナーシングホーム(ホスピス)なのであろうか、その出現を切望するのである。


(参考文献)
1)西村咲子;管理者としての役割(老人保健施設の場合) GERONTOLOGY1994 VOL6
2)老人看護学1993 医学書院

(老人保健施設「なでしこの丘」相談指導員)
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