〈特集〉介護保障と介護保険
 ◎特集にあたって/編集委員会
 介護保険法案は、5月22日に衆議院を通過したものの参議院で審議未了のまま国会会期末を迎え継続審議となった。同法案は、40才以上のすべての国民が直接影響をうけるきわめて重要な法案でありながら、その全容が十分に知らされているとはいえず、ましてや国民が議論し意見表明する機会が与えられてきたとは到底いえない。ともかくも議論できる時間が生まれたという意味では、継続審議は歓迎すべきだが、政府・厚生省が国民の声を聞いたうえで判断する姿勢を果たしてもっているかどうか。いずれにせよ、それぞれの持ち場で法案の中身に即してできるだけ具体的に問題を提起していく必要がある。前号に引き続き「介護問題」で特集を組んだのは、ともかく積極的な議論の必要性を痛感してきたからに他ならない。
 本特集は、8本の論稿から構成されている。それぞれの位置と相互の関連について簡単に触れておこう。介護保険制度が、国民生活の直面する介護問題を前進的に解決し、より質の高い生活を実現する役割を果たしうるものかは、何よりも当事者の要求に照らして判断されなければならない。そこで本特集も、まず当事者の具体的な状況と要求から出発する構成をとっている。老人ホーム利用家族とデイサービス利用家族の方に綴っていただいた2偏および黒岡さんの調査報告がそれにあたる。老人ホーム利用家族の方は、金沢と能登を往復しながら父の介護にあたり、その後、施設・病院を転々とすることを余儀なくされ、なんとか施設入所が実現し落ち着くまでの経験を語られている。ここには遠距離介護の問題、複数の要介護者を抱えた時の困難さ、施設や病院を渡り歩かねばならない現実、病院での生活の実態など、じつに多くの介護をめ
ぐる課題が提起されている。デイサービス利用家族の方の手記も、15年にわたる父と母との介護の状況がリアルに映し出されている。痴呆性の母親を抱えた家族介護の苦労と葛藤、デイサービスとショートステイの組み合わせによる危機の乗り越え、病院での付き添いをめぐる矛盾、そして過重な経済的負担の現状など、ここでも解決すべき多様な問題が示されている。病院職員の介護意識に関する調査をまとめた黒岡さんの報告も、介護制度のあり方を考えるうえで多くの示唆を与えている。「親は自宅で看るが、自分は病院・施設で過ごす」「寝たきりになる前に自殺する」といった意識や、介護したいが休めない、看たくても看れなかったといった現実、そして家族介護と社会的介護の間で揺れ動く心など、現実の困難さとともに今日の錯綜した介護への意識が率直に出ていて考えさせられる。黒岡さんはこうした現状の背景や打開の方向につい
ても触れている。
 ではサービスを提供する側はこうした要求に応えるうえでどのような問題があるか、介護保険をサービス提供の点からどのようにみているか。これらの点について、介護職員の林さん、医師の梅田さん、施設職員の山口さんにそれぞれの立場からご意見をいただいた。林さんは、デイサービスやヘルプサービスなど公的サービスの絶対量の不足、利用者の生活の多様化と個々人の要求や生活の質の部分への対応の必要、そのための職員の増員をはじめニーズに合わせて多様に利用できる体制の整備、さらには利用者の生活背景や価値観に沿ってニーズを捉えることの重要性など、現状を踏まえつつ介護保険が真に利用者の要求に応えるものとなるための課邁をホームヘルプサービスの基本的なあり方に立ち戻って提起するとともに、民間事業者の参入が予想されるなかで公社の公的機関としての位置づけを求めている。梅田さんは、介護保険のもとで直接の関わりが生じる要介護認定審査の問題、サービス提供基盤の問題、介護保険における医師の役割など、開業医の視点から介護保険の中心的な論点に切り込み多くの問題点と課題を指摘している。とくに認定審査会の試行の結果を踏まえた要介護認定審査についての踏み込んだ間邁点の指摘、介護保険制度のもとではすべての在宅寝たきりの人への
医師の診察が必要となってくるとの指摘などは、これまであまり触れられなかった内容であり、介護保険を論じるうえで重要な論点である。山口さんは、とくに介護保険のもとでの施設入所の問題に焦点をあて、要介護認定の変更等によって特別養護老人ホームが「終いの棲家」から「仮の宿」へと変貌すること、過重な本人負担によって支払不能に陥る人が大量に出現し施設から出て行かざるをえなくなることなど、予想される深刻な事態を具体例を挙げながら明らかにしている。
 介護保険制度のなかで重要な論点となった問題のひとつに障害をもつ人の位置づけの問題がある。介護保険法案は、障害をもつ人を対象から排除し高齢者のみの制度とした。しかし、より総合的な機能をもつためには、高齢者と障害をもつ人をともに対象とする一本化した制度にする必要があるとの指摘が繰り返し行われてきていた。この論点をとりあげたのが鳥居さんの論塙である。鳥居さんは、重度障害者の介護の現状を踏まえつつ、現在の介護保険制度案のもとでは、介護保険も障害に関する公的施策も受けられない制度の谷間が生じる可能性があること、高齢・障害を問わず、必要な介護を必要なだけ保障する方向が、先行したドイツをはじめ国際的潮流であることを明らかにしている。
 最後に、その先行したドイツの介護保険について、瀧沢さんに現状と課題を整理していただいた。瀧沢さんは、ドイツの公的介護保険制度の概要を重要なポイントを中心に手際よく紹介されたうえで、疾病金庫間の財政状況のアンバランス、要介護者や申請者のかたより、要介護度認定における高い却下率など問題点を指摘し、家族の介護者への考慮、不服申立ての整備なビドイツから大いに学ぶ必要があることを指摘している。
 以上が本特集の全体像である。サービスの利用と提供に関わる主要な論点に検討が加えられているが、保険者としての自治体の財政・運営に関わる問題、保険料に関わる問題、基盤整備の間邁、民間事業者参入の問題など、重要ないくつかの論点の検討がなお残されている。事態の推移をみながら、研究会として適宜分析を加え、次号の誌面にその成果を反映させていきたい。
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