−<特集>介護保障と介護保険
開業医と介護保険
梅 田 俊 彦
はじめに

 公的介護保険法が若干の修正のうえ5月22日にようやく衆議院を通過し、今国会での成立が見込まれるが、参議院での審議の状況では多少成立を危ぶむ見方もある。
 国家財政再建の一環として、また高齢化のピーク時の社会保障費の抑制策として健保法改正とペアで公的介護保険制度の導入が急がれている。従来、医療の中に福祉・介護の部分が含まれていた面があり、これを分離するために介護保険制度を別建てでつくり、給付財源を増やす、ひいては国庫負担を減らすことを狙っているとも考えられる。
 しかし、医療と介護は決して明確に分離できない場合もあり、各保険からの給付に疑義が生ずるケースも有り、医療給付に制約や制限が設けられることも推測される。
 日医は介護保険制度の必要性を認め、住民のために医師が積極的にその役割を果たす必要があるとして、独自に平成8年10月に都道府県医師会の介護保険制度担当理事を集め、二日間に亘り講習会を開催し、会員への伝達を要請した。また今年厚生省が全国16箇所で実施した「高齢者ケアサービス体制整備支援事業モデル事業」に関わる問題点をアンケート調査し、平成9年4月に都道府県医師会介護保険担当理事者連絡協議会を開催し、厚生省案の要介護認定審査業務の間邁点を集約し、今後改善すべき点を厚生省と協議するとした。また同時に、日医独自の認定方式を提案する予定であるとの見解を示した。
 介護保険法が成立しても政省令で規定すべき多くの細部があるが、開業医と介護保険というテーマでできるだけその点に絞って、一内科開業医の立場で今後どのように考え、対処すべきか、かなり独断的な点があると思うが私見を述べる。

T.介護保険法の概要

 簡単に介護保険制度の概要について述べる。図1に示す如く被保険者は40歳以上の全ての国民で第2号被保険者(40〜64歳)と第1号被保険者(65歳以上)に分かれる。
 保険料月額約2500円が徴収される。保険財源は保険料と同額の公費からなる。一方介護サービスを受けることができるのは原則的には65歳以上である。サービスは施設と在宅に分かれ、内容は図示したものである。従来の福祉サービスは本人・家族の申し出により市町村が措置していたが、介護保険制度では要介護度に応じて本人・家族が市町村のコーディネーター等と相談して最適なサービスを選択する。
 65歳以上の人はすべて表1のごとくに区分される。まず独力で生活ができる人は「自立」の区分になり介護サービスはない。「要支援」は介護は必要としないが、住宅改造を受けることができる。以下入浴、排泄、食事など日常生活動作に介護を要する人がその程度により「要介護」からまでのランクに区分され、介護保険サービスの給付を受けることになる。厚生省は介護保険サービスの対象者は65歳以上の約13%、80〜84歳では約25%、85歳以上は50%との推計をしている。
 それではこの区分をどのように行うのか簡単に触れると、各市町村の調査員が要介護者の家庭を訪問し、70項目からなるアセスメント票に聞き取り調査を行い記入しそのマークシートをコンピューターに読みとらせ1次審査を終わる。次いで各市町村の要介護認定審査委員会でかかりつけ医の意見書を参考に2次審査を行い最終決定をする。

U.手介護曙定審査の同席点

 前述のように日本医師会は介護保険担当理事協議会でモデル事業として全国16市町村で試行された認定審査会の問題点を集約して今後の改善に繋げていく事としているが、そこで示された問題点のうちのいくつかを述べるとまず、
1.医師の意見書に関して
 65歳以上の人のすべてを表1の区分に分けるのに相当の時間が必要である。判定を急ぎすぎると適正・公平な審査ができない。従ってかかりつけ医の意見書作成はかなりの労力負担となる。簡にして要を得た意見書を作成し、2次審査の際に的確に要介護度の判定に役立てる必要があり、事前のトレーニングが必要である。また今回用いられた意見書の様式ではかかりつけ医により記載の程度に大きな差があり、意見書として活かされない場合があるので意見書の様式の大幅な改善が必要である。
2.要介護認定審査会の医師の立場
 かかりつけ医は各市町村の審査会でリーダーシップをとり、適切なアドバイスをする必要がある。公正・公平な判定が重要になる。例へば要介護度TとUの違いは給付されるサービス費用にして2.5倍の差が生じる。先行して介護保険制度を実施したドイツに於ても認定に関する不平が多く問題になっている。一部に心配されている情実による諮意的な判定が行われないよう医学的に客観的な判断を医師は行う責務がある。
3.一次審査のアセスメント実の内容
 現在の厚生省の調査70項目はADL、知的能力と痴呆の項目に大別されるが日常生活動作に関する部分が多く、対象者の医学的側面を十分反映し得ないことが指摘されている。また「時に」とか「一部」などの表現が多く、判定に主観が入りやすい。また一回の訪問調査では状態把握が正確でない場合があり、かかりつけ医の意見書が多いに役立つことになる。
4.一次審査と二次審査のくいちがい
 今回のモデル事業として行われた16地区の要介護度の判定件数1479例のうちの平均26.7
%(16.0%〜42.2%)に食い違いがあった。二次審査で介護判定区分が上昇したケースが218例で、下降例は177例と少なかった。要介護度V、W、Vと重度の区分での軋齢が多かった。最多はとの判定違いであった。このことはアセスメント票の項目と表現の見直しが必要であることを示している。
 制度実施までにさらにモデル地区を拡大して認定業務を行い、アセスメント票を改善し、効率よく適切な判定業務ができるようにしなければならない。
 日医としては現在の厚生省案では公正な判定ができないとして、日医総研で検討し独自のアセスメント法を提案する予定である。

V.介建・福祉サービス捷供の
      基盤整備についての問題点

 国は公的介護保険制度を社会保険方式で創設する方針を決めた平成6年に新ゴールドプランを策定し、福祉・介護サービスのマンパワー充足と施設整備を促して、介護保険制度実施予定の前年の平成11年に計画を終了することになっている。しかしながらホームヘルパーの不足、訪問看護ステーションの整備の遅れや基盤整備の地域格差などが指摘されている。サービス提供が不十分な体制での制度導入に反対する意見もある。国は制度導入が先決との考えで、サービスの受け皿作りには5年間の猶予期間を見ているが、保険料を徴収されてサービスが受けられない地域では暫定的な現金給付も考慮すべきとの意見もある。
 石川県では老健施設病床数は目標を達成し、特養ホームも現在85%整備目標に達している。介護支援センターの整備は遅れている。現在住民に周知されていなく、未だその機能を発
揮していない。
 さて在宅サービスについて見れば、デイサービス、デイケア、入浴サービスなどは地域差はあるが、かなり普及している。福祉・介護機器の貸与については費用の点で利用が十分でない点もあるが、制度がスタートするとニードが増えると予想される。私見であるが、現在ホームヘルパーの利用が少ないのも同様で、制度発足後はニードが急増するのではなかろうか。

 (特に訪問看護ステーションについて)
 さて在宅サービス提供の拠点は何といっても訪問着護ステーションである。最終的に国は5000箇所の整備を目標としている。厚生省のデーターによれば平成9年3月末現在1863施設で、この一年間で628施設(50%増)増加したが目標には程遠い。
 訪問着護ステーションはかかりつけ医が訪問診察している在宅の寝たきりの患者のうち必要があると認めるケースについて医師の指示書に基づいて看護婦がステーションから赴き必要な看護サービスを行うもので、医師が寝たきり患者の往診・訪問診察をすることが大前提である。
 ここで私がつね日頃考えていることについてぜひ触れておきたい。訪問着護には実は病院・診療所が医療の一環として、自院のナースを派遣して行うものがある。訪問着護ステーションの行う看護業務とは実質的には同じものと考えるが、実態としては医師の訪問診察のないケースで訪問着護が独り歩きしている場合があるやに開いている。
 病院がかなりの規模で訪問看護を実施しているために、訪問看護ステーションを作れないあるいはステーションの運営がうまく行かない地域がある。病診連携は在宅医療にも必要であり、本来病院の行う訪問着護は退院後の一定期間に限定して実施すべきであり、地域のかかりつけ医に最終的には委ねて欲しいものである。
 介護保険制度が施行されると訪問看護サービスは医療保険から介護保険へ移行することになるが、病院などが実施している訪問看護はどちらの保険から支払われることになるのかわからないが、これを機会にはっきりした見解を厚生省は出すべきである。
 現在訪問着護ステーションの設置主体として医療法人が最多で55.3%を占めるが、周囲のかかりつけ医が指示書を出し易いのは医師会立、市町村立、医師会と市町村との第三セクター方式などであろう。石川県では県・県医師会・看護協会・市町村を構成員とする石川県医療・在宅ケア事業団により県下全域に医師会貞の利用しやすい訪問着護ステーションを鋭意整備中であり、昨年までに6ケ所、本年さらに4カ所開設予定である。
 医療法人立は設立しやすいが、周辺の医療施設との連携が大切であり、周囲のかかりつけ医からの指示書の少ないステーションは問題である。

 W.介護保険における医師の役割について

 介護保険制度については医師ですらまだまだ理解が進んでいない。当然、法案自体が成立前でしかも内容についての修正も議論の最中であるから無理からぬところもある。一部の医師は介護保険は寝たきり患者の介護の問題であり、医療とは無関係の制度であると考えているとの指摘もある。全く新しい制度であり、現在医療保険で給付されているものが介護保険へ移行する部分もあり、実際疑問点も多い。
 元来、介護や福祉サービスは明確に医療と切り離せない部分がある。老健施設にみられるごとく半分は医療施設であり、ベッドカウントも医療法上2分の1であるが療養費は医療保険から給付される。特養は措置費として福祉から支払われる。そして何れの施設も医療の給付に制約がある。介護保険制度では両施設は介護保険で療養費が支払われることになる。入所者の医療給付はどこまで認められるのか決められていない。在宅医療についてもいくつかの疑問があり、細部はまだまだ詰めなくてはならない。

1.訪問診察と訪問者譲ステーションの活用
 介護保険制度が円滑に運営されるための医師の役割のうち最大の問題は在宅の患者の医学的管理をすべての市町村で医師が行わねばならない点である。現在の訪問診療は任意的に行われているが、介護保険下では該当する寝たきりの人は何らかの介護サービスを受けるために医師の診察を受ける必要が出てくる。医師の訪問診察を受けれない地域、例へば無医地区や過疎地などへも医師が赴く必要がある。地域の開業医は従来以上に訪問診察をしなければならなくなる。
 現在でも訪問着護婦の看護業務について理解の少ない医師がいる。彼女らは医師の指示のもとに主体的に生き生きとして各々の在宅寝たきりのあるいは痴呆患者の看護を行っている。毎月の報告書と計画書のほかに必要に応じて連絡をしてくれ、患者の異常をいち早く発見し、時には適切な進言もしてくれる。単に一般看護だけではなく、車椅子で散歩に連れていったりして精神的ケアをしてくれ、患者に喜ばれている。

 2.かかりつけ医の意見音の記入
 前述したように、コンピューター処理で行われた一次審査はかかりつけ医の意見書を参考にして二次審査に移されるが、かかりつけ医の意見書がきちんと記載されていないと、正しい要介護度評価がなされないことになる。
 患者にとっては大きな問題である。現在の意見書は簡単すぎて記載の仕方によっては状態
を正確に伝えない。様式をもう少しきめ細かくする必要がある。
 かかりつけ医が審査委員となり公正に医師の立場として委員会をリードする必要がある。審査件数の多いところではかなりの時間がとられることになる。
 今後内科医だけではなく、痴呆の判定などに精神科の医師の参加が必要なケースも推測される。今年は認定審査委員会を二次医療圏ごとに一方所ずつ拡大して試行する予定であり、該当の市町村の医師は積極的に取り組む必要がある。

 3.療菱型病床群の整備の間鹿
 施設サービスは特養、老健施設と療養型病床群への入所が挙げられている。療養型病床群の整備のために国は補助金を出しているが、思うほど整備が進んでいない。有床診療所の転換も可能であるが、石川県のような病床過剰地区では病院病床としてカウントされるので認められないとの固の方針である。日医も特例措置を厚生省に要望したが、ぜひ実現を期待したい。
 なお、老健施設と療養型病床群は医療保険から費用が支払われているが、介護に要する費用は介護保険から支給されることになり、その配分や請求方法が複雑なことになる。
 特養の待機状況などが改善するのか、施設入所の基準が変化するのか不透明な部分が多い。
 おわりに

 介護保険は法案が国会審議中であり、なお多くの議論があり、実施までにクリアすべき事も多いが、まずはスタートさせるというのが国のスタンスである。新しい未体験の制度であり、医師ことに開業医の果たす役割は大きく、制度に対する理解と認識を深めることが必要である。現在の在宅医療をキチンと支えて行き、未だ在宅医療を実施していない「かかりつけ医」は新たに在宅医療へ参入することが大切であると考える。
          (平成9年5月26日)
          (石川県医師会会長)
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