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第85回研究例会報告
「どこへいく生活保護制度 〜生活保護をめぐる現状と課題〜」
金沢大学大学院人間社会環境研究科 井口克郎

 2006年5月23日、北九州市門司地区で56歳男性が生活保護を受けることができずに餓死、ミイラ化した遺体で発見された事件を受けて、同年10月23日から25日にかけて、北九州市生活保護問題現地実態調査が行われた。そのことを受けて2007年2月24日、「どこへいく生活保護制度〜生活保護をめぐる現状と課題〜」と題して、研究例会を開催しました。
 まず、第1部では、石川県から同調査に参加された城北病院NSWの信耕久美子さんと金沢大学井上ゼミの伊深綾子さんのお二人に報告をして頂いた。はじめに、信耕さんから事件の概要について紹介があり、調査により明らかになった今回の事件の構造についてのお話があった。北九州市は全ての行政分野が法律に基づかない無法地帯であり、どの方法が一番市民に金がかからず効率的だったかの検証を行い全国に普及するための試行実験都市となっている。北九州市の生活保護受付担当は新任係長の出世の登竜門となっており、一人5件の廃止ノルマがある。また、「面接主査制度」「数値目標管理」等、「北九州方式」呼ばれる保護抑制システムが20年も前から実施されてきており、今では程度の違いこそあれ金沢市でも行われているという。石川でもみんなで知恵を出し合い行政を市民が継続的に監視すると同時に、役所で頑張ろうとしている職員をいい意味で励ましていくことも大切だと訴えた。
続いて、伊深さんが調査で明らかになった問題点について報告した。まず法律上認められた保護の申請権の侵害である。北九州市では本来誰もが手に取れるようにしておくべき申請書を渡さず、相談に来た人を追い返している。また、申請にあたって弁護士が同席しようとすると、相談員がリラックスできない等の理由でこれを拒否され押し問答となった。このことに関して伊深さんは、北九州市では「弁護士に対して職員が怯えている。本当に自分の仕事に対して誇りを持てるようにしなければ」と語り、住民が自らの地域の行政を監視しなければならないと訴えた。
そして、第2部ではNPO法人あすなろ会の榊さんらから金沢市の生活保護の実態に関して、同会に相談に来たKさんの事例について報告があった。Kさん(49歳)は、母親の残した債務から自己破産に陥り、ヤミ金融への対処相談のため同会を訪れ、その後5ヶ月間のホームレス生活を経て生活保護の申請に至った。しかし、住まいがないこと、稼動年齢であることを理由に初め申請は却下された。後に市会議員の力を借りてようやく保護が開始されるものの、その後就職採用が決定すると一方的に保護の「辞退」が決定されるなど、予断を許さない状況が続いている。そしてKさんご本人からも行政の対応についてのお話があり、行政職員から浴びせられてきた数多くの暴言の問題や、自立支援プログラムが保護廃止や申請をさせないために使われている実態が浮き彫りとなり、その後生活保護の現状と問題点について活発な意見交換がなされた。

 現状では保護を受給するには、「稼働能力・年齢」が保護を受けるための大きな壁となっている。医師が診断書に「就労可」と書いても、現実には必ずしも「社会的に就労できる」とは限らない。憲法の趣旨からすれば、働いていようが収入があろうが、生活保護基準以下の生活を余儀なくされるのであれば、保護が適用されてしかるべきである。しかし、現状では保護を受けるには体を壊すか、議員の力を借りるかの二択となっている。このような現状を打開する為に、基本的人権、生存権のところから主張していく必要がある。
 それと同時に、公務員の倫理のあり方も大きな問題である。北九州においても金沢においても、申請者や受給者に対して罵倒・叱責するなど暴言を吐き、人権を侵害している行政職員がいる。その背景には申請者や受給者に対する偏見や何人保護を廃止したかを一番に考えなければならない行政の構造がある。今後、いかにして地域住民が行政を監視し、職員と共に人権保障の制度を運営しつくりあげていくのか、真に人権を保障しうる生活保護システムの構築に向けて課題は多い。

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