特集/社会保障を揺るがす「社会保障改革」


特集にあたって


編集部

 今回の特集は、「社会保障を揺るがす社会保障改革」と題して、社会保障・税一体改革として進められている「社会保障改革」の問題点と課題についてとりあげました。今回の「改革」は、これまで進められてきた社会保障の再編・変質の総仕上げであると同時に、社会保障のかたちを変えてしまうという点では、これから長期にわたる変質・解体の新たな出発点という役割を担っているだけに、これまでになく重要な意味を持っています。
社会保障・税一体改革の起点をどこに求めるかについては様々なとらえ方がありますが、小泉政権の「歳出・歳入一体改革」がその原型であったことは否定できません。しかし、小泉政権は自らの政権では消費税増税を行わないと宣言したことで、具体化はその後の政権に引き継がれることになります。今回の「改革」に直接つながる動きは、福田政権の社会保障国民会議での議論です。ここで消費税増税と社会保障改革が一体的に進められる枠組みが実質的に仕上げられました。その後、麻生政権のもとでの「中期プログラム」(持続可能な社会保障構築とその安定財源確保にむけた「中期プログラム」)での議論、政権交代による中断、菅政権の下での社会保障・税一体改革の閣議決定と集中検討会議での議論、野田政権の下での成案、素案、大綱の作成と社会保障・税一体改革関連法の成立、再度の政権交代、第二次安倍政権によるプログラム法、医療・介護総合確保法の制定による具体化と進められてきました。
本特集では、こうした動きのなかで浮き彫りにされてきた「社会保障改革」について、「改革」を主導する社会保障理念と「改革」の主要な対象として位置付けられている医療、介護、年金、保育の各分野の「改革」内容の双方をとりあげ、第一線で日々「改革」と格闘しておられる方々に執筆していただきました。
工藤浩司さん(石川県保険医協会・事務局長)の「社会保障・税一体改革は社会保障をどう変質させたのか」は、社会保障制度改革推進法、社会保障制度改革国民会議報告のなかで提示されている社会保障改革の理念にかかわる部分をとりあげ、二つの文書がベースにしている「自助・共助・公助のバランス論」は、憲法25条を真っ向から否定する考え方であり、国民会議があらたに示した「全世代型の社会保障」、「負担能力別の負担」も、それ自体は本来望まれることだが、実際には高齢者に対する社会保障の削減と新たな負担を正当化するところに真のねらいがあることを解き明かしています。
松浦健伸さん(城北病院・医師)の「変質から解体へと導く医療制度改革」は、今次「改革」における政府の中心命題が「いのちよりも金儲けが大事」であることに置かれていること、その命題を実現させるために「社会保障の理念を変質させるイメージ戦略」と、「変質から実際に解体へと導く制度改革」の二つの戦略が設定されていることを明らかにしたうえで、医療制度改革が、医療にかからないようにさせて医療費を抑え、自己負担の増加とフリーアクセスの制限、都道府県を使った医療を提供する側へのコントロール、そしてすべてを儲けの材料にしようとする裏シナリオによって具体化されていることを明らかにしています。
大浦章子さん(寺井病院・手取の里介護総合相談センター・ケアマネジャー)の「ケアマネジャーから見た介護保険見直し案の問題点」は、介護保険制度見直しの中心課題に置かれている「要支援外し」のもつ問題を、その先取りとして実施されている「介護予防・日常生活総合支援事業」に直接携わってきた経験から検討しています。総合支援事業のモデルとして取り組まれているのは、いかに介護保険以外のサービスで支援をまかなうか、いかにその予防支援からも早く卒業してもらうか、いかに地域にシフトさせていくかであること、こうした専門家不在のケアは危険であり、また地域の絆を強めるどころかかえって崩壊させてしまうことになることを、怒りを込めて告発・提起しています。
越阪部徹さん(金沢共同社会保険労務士事務所・社会保険労務士)の「年金の実態と『改革』の動向」は、年金をめぐる政策の動向と国民の取り組みについて取り上げています。政府の対応として、まず年金記録問題が未解決にもかかわらず幕引きが意図されていること、社会保険庁の解体・民営化がこの問題の解決を困難にしてきたこと、年金記録の問題はその人の人生の評価にかかわる問題であることを指摘しています。そのうえで、マクロ経済スライドによって、物価が上がっても年金が切り下げられるシステムが動き出したこと、これに対して12万人余の行政不服審査請求があったことを紹介し、受給者が行政にもの申す行動が組織されたことの意義を強調しています。あわせて、臨時職員等の任用中断に対する制度適用についても改善が見られたことを挙げ、制度改悪を止めるうえでの国民的運動の必要性を提起しています。
広田みよさん(金沢市議会議員)の「公的保育を揺るがす子ども・子育て支援新制度」は、社会保障・税一体改革の「目玉」として位置づけられている子ども・子育て支援新制度について取り上げています。2014年9月の条例化へ向けて動き出しているが、そもそも待機児童の解消に認可保育所を増やさず新たな受け皿で対応し、公的責任ではなく民間参入の道具に使われようとしていること、しかも保育の必要度によってふるいにかけるやり方で、補助金もそれによって変わるため、経営も不安定になると同時に儲けを優先する事業者が出てくる懸念があること、質を高めるためには賃金・労働環境の改善のための運営費の引き上げが何よりも必要であり、また新たな地域型保育等についてもすべて有資格者とすべきことを提起しています。学童保育についても、施設、職員の資格・配置、運営基準等を国と自治体の責任で整備し、すべての子どもに学童保育を保障することが必要であるとしています。
 社会保障・税一体改革は、安倍政権の下で、成長戦略と一体化されることで市場化・営利化に一段と拍車がかかっており、まさしく社会保障の解体と営利事業への明け渡しが際立ったかたちで進行しつつあり、消費税増税で社会保障の拡充を図るとした一体改革の言い分は、まやかしであったことが明確になってきています。しかし、松浦さんも指摘されているように、政府の巧みな言い回しによって、国民は受容とあきらめへと誘導されかねない状況にあります。そうした策動を打ち破り、国民的大運動を展開することなしには、社会保障を維持・拡充することはできません。そのためにも、大いに学習と議論が必要です。その教材として本特集を大いに活用していただくことを願っています。


研究誌15号紹介
研究誌16号紹介